春風

『魔王』
ヒカルちゃんが自慢の足で
どれほど早く、
記録的なスピードで走ろうとも、
風のように
電光のように、
恋する少女の身の内を流れる
あの衝動のように
駆けて行ったとしても、
両腕を広げて
包み込むのにも似て
逃がさない──
たとえ、ヒカルちゃんがそれを知っていても
あるいは油断していても
することは変わらない。
ここにてもらえるのなら
遠く離れても、
音が消えても、
必ず、
腕の中へ──
もう、どこにも
行く先はないとわかるような──
そういう──
人の知らない力を持った何かが
もしも。
聞いてください!
ヒカルちゃんったら
あんまりにぎやかなのは苦手みたいで
パーティーも地味に端っこにいて
邪魔をしないからって言うんです。
そんなの、もったいないな!
春風、もうちょっと
ヒカルちゃんが積極的になれば楽しいのにと思うの。
恥ずかしがってばかりで
はしゃいだ思い出があんまりないと、寂しいわ。
春風は──
ヒカルちゃんと思い出を作りたいのに。
それなら、観月ちゃんが言う
世界中の不思議な存在が
こぞって集まるハロウィンの日に、
少しくらい──
逃げようとしても捕まえて、
勇気を出してもらえるような力を持った何かが
いたりしないでしょうか?
小さい時からたまにしていた
おまじないみたいに──
目に見えないパワーが春風にもあったらいいのにね。
でも、やっぱりそんなに都合のいい神様みたいなのはいないみたい。
仕方ない──
ここは人間の力で
説得したり
お菓子でつり出したりする方法を考えなくちゃ。
結局、私にはそんな力しかないんだから──
春風がまるで
ついうっかり、
心の中の願いをのぞかれて
あやしい悪魔に利用されているような──
そんなことになったら大変ですものね。
大丈夫──
大丈夫。
王子様も、知っているでしょう?
春風は今日もいつも通り、
相も変わらず
ヒカルちゃんと、あなたと──みんなのことが大好きなだけなの──