『ウォーク・オン・ウォーター』
カチャカチャと鳴るのは
重なる食器の音──
まな板を叩く包丁の音や、
鍋が煮えるぐつぐついう音。
そしていい匂いがしてくると、
私たちのお手伝いが
はじまる合図──
まだまだ夜は寒いから
油断してはいけない。
コーヒーを飲んで
ゆっくりする時には──
お菓子があるといいのよ。
普段から料理をしている子は
手早くクッキーも作れるようだけど──
見ての通り、小学五年生で小さくて
はねっかえりで素直じゃない子は
寒い夜が来たところで、そう簡単に
お茶請けを手作りできるわけはない。
そういうわけだから──
なんだかんだと理由を付けて逃げ回ったところで、
襟をつかまれ引きずられ
お菓子作りの練習をさせられる日は
たまにある。
それは、私だって
作れるほうが便利だって言うのは知っているわ。
できたらいいなと思うけれど──
思ったからできるようになるというものではない。
この世はそううまくできてはいないのよっ。
でもまあ、今日みたいに
昼間は暖かくて何をするにも気持ちが良くて
出来心で普段はやらないことも
やってみたりするの──
肌寒い春の夜、
体がぽかぽかになる夜食や
簡単につまめるものを
用意できたらありがたいと──
そんな言葉につられて、
ある春の日に
麗はいつもより少し長く
キッチンで過ごすことができたそうよ。
へえ──それはよかったわね。
よかったよかった。
なぜか、途中から
ホタ姉さまのレッスンするメニューが
バリエーションを加えはじめて、
寒い夜のためのちょっとした軽食を名乗って
どう見ても──春の行楽のおでかけセットが
お料理の苦手な女の子の手によって生み出されつつあった頃、
はたしてこれは乗せられたのか?
もしや最初からその思惑もあったのでは?
という疑問も浮かんだそうだけど──
よく晴れたのどかな日にそんなことを言っても仕方ないし
謎の追及はやめておいたというわ。
まだまだ時節柄、遠出なんてむずかしい春休みに
窓を開けて軽食で過ごす日があったりしたら
もしかすると少女が罠にはまった知らせなのかもしれない──
少し、そんなことに思いを馳せてみてはどうかしら。
世の中は思いがけないことがいっぱいあるという教訓になりそうよ。
別に同情はいらないわよ。