小雨

『断崖』
手を広げたその上に乗る小さな本の
表紙をめくると──
聞こえてくるのは
にぎやかな教室の子供たちの声、
飛び立つ宇宙船が世界を夏に変える炎、
恐竜の時代の生き残りをかけた鳴き声と
夕日が帰っていく大きな海から届くさざなみ。
小雨はいつも新しい世界に出会って
お部屋の中で旅をして──
でも最近わかったことがあって
はじまるときは何も
小雨の手のひらだけではなく
たくさんの場所からやって来るということ。
霧の朝を窓から眺めたとき。
花壇で伸びる幹が昨日より伸びて
新しいつぼみを見つけたとき。
時計の針がまわるとき。
おうちの玄関の前に
にぎやかな声が聞こえだしたとき──
それはさらさらページがめくれる音や
まだ眠そうな顔で交わすあいさつと同じだけ
いつも向こうからやってくる
新しい何かの足音。
今日の小雨が見つけた
昨日までと違う出来事は──
麗ちゃん、
いい子で休んでついに熱が下がる。
立夏ちゃん、
大きなくしゃみをする。
蛍お姉ちゃん、
お料理などの家事を始める前に
星花ちゃんが教えてくれたカンフー教室の準備体操が
くせになる。
あーちゃん、みんなのアイドル。
お兄ちゃんの声がすると
みんなが話したいことがたくさんで
野生の獣のように飛んでいく、
などなど。
小雨がお話したいことは──
これだけみたいです。
お兄ちゃんにも聞こえていますか?
昨日よりもどたどた大きくなった気がする
子供たちの足音。
暖かな日差しに照らされどこかから香りを伝える
つぼみの開く気配──
蛍お姉ちゃんよりもどこかつたなく
だけどちょっとだけ今までと比べて慣れてきたような
まな板の音。
新しい絵描き歌。
小雨が発見するのは
うつむきがちな視線がちょっぴりだけ勇気を出したとき
たまに伸ばした背筋で支えられたときの
まだ少しも知らなかった音──
小雨が気付かなかったところで
新しい出来事が始まっていたことに気付くのはいつも
やさしくあたたかく元気をくれる
こんな日差しの下なんです。