『あなたから私へ』
寒い日が続くようになった。
慌てて準備をするいつもの朝、
出かける前に着込んだ厚着の中で
早く暖かい時間にならないかと
うつむいている。
乾いた石畳を歩く登校の景色に
落ち葉を踏む音と
肌をくすぐる風の冷たさが加わって
もう、どれくらいになっただろう。
一年を振り返る時期が
足音もなく近づいてくると
暑かった季節の話、
汗びっしょりになって楽しいことを追いかけた日々、
夢中になっていたせいで
苦労もいっぱいだったなんてちっとも目に入らなかった
あの頃のことを
ときどき話すよ。
どんなスポーツをするのだって楽しい
あの時期のために
寒い冬の間も気をつけてトレーニングをする必要があるし
そういえば今年は、と向けた視線の先に
部室の新参者としてまだ少し腰を落ち着ける場所を探しているような
真新しいトロフィーや
今年の夏の日付が入った賞状。
笑ったり泣いたりした
参ってしまうほど暑い日々が確かにあったはずなのに
すっかり季節は冬。
記憶からも体の中からも
今年の暑さはだんだん薄れていってしまうようだ。
忘れっぽい私が
あの頃をうっかりなかったことにしてしまう前に
よく思い出しておかないといけない──
たくさんのことを
忘れないように。
たぶんこれも
年末の日々というものに
期待されている役目の一つなんだろう。
今年やりのこしたこととか──
何かあったかな。
まあ、あと一ヶ月以上もあるから
思い出したらやっていくことにしよう。
記憶の奥底にしまいこみたい
大変な宿題だとかでない限りは
まあ、思い出そうとしていれば
そのうちひょこっと出てくるだろう。
聞いた話だと
青空のやりのこした今年の心残りは
お兄ちゃんともっとおにぎりを食べることの
ようなので──
明日の朝食とお弁当はおにぎりと決まった。
きっと──
家族とおにぎりを囲んだ思い出のことで
話が弾むんだろう。
青空が喜びをお兄ちゃんに報告するために
大きなおにぎりを抱えて走っていったのを見た子がいるようだけど
青空は迷わずにオマエのところに行けたのだろうか?
ちゃんと会えた?
たぶん明日も何度か報告に行くと思うから
探してあげて。
おにぎりか──
確かに今年を振り返ると
まだまだ食べたりない気もするが
これからはクリスマスメニューの試食が増えていく。
そうすると──
色の組み合わせをクリスマスカラーに合わせたり工夫ができる
巻き寿司の出番が増えていくと思うんだ。
ブッシュドノエルに形も似ているし。
そちらを食べて行くのでせいいっぱいになる可能性は高い。
おなかを減らすのにこれからもがんばらないと。
今年もいろいろあったな。
家族みんなからたくさんの思い出をもらって
オマエと過ごして、
今年も残りわずかなのに
まだやってないことが
あれもこれもと思いつくのは
たぶん困ったことなんだろうな。
いつも一緒にいてくれた人たちと
あと少しになった今年を
また一番近くで過ごせそう──
それはまだ
なんとなくのぼんやりとした予感で、
たぶんまだ経験していない
今年の分の楽しい時間があるということ。
おにぎりを抱えて歩いた頃には
つかめなかった思い出を
みんなでもう少し
ここで集めておかないと、
なんて気持ちも少しあるんだ。
年が変わる瞬間に後悔しても取り戻せないことだからな!