氷柱

『迷宮図書館』
勉強ができる子も
できない子も
計算が得意じゃない子も
暇さえあれば走りまわる子も
誰でも好きな場所が
図書館。
静かにしているのが苦手なのに
一緒に来た私の後をちょこちょこ追いかけて
袖を引っ張り手をつなぎ
口だけは健気にぱくぱく静かにしようとする。
あの棚の本をとってほしいと
ジェスチャーで伝えて
お目当ての本をとってもらえれば喜び
間違った本だとイーッて歯を出して楽しそうにする。
せっかく一緒に探してあげても
結局あんまり読まないで帰ったりね──
わりとあるの。
いつも好きなものばかりが見つかるとは限らないけれど
せっかく来たんだから
せめて一冊くらいは身になるものを!
という考えはないらしいのよね。
なのにどうして
海晴姉様が突然思い立ち
図書館デートをすると誘ったら
踊って喜ばずにはいられないんだろう──
本が苦手なのに図書館デートが好きな子の気持ちが
不思議で仕方がないわ。
あるいは小さい子たちの噂話で
姿が見えないのに猫の鳴き声がするとか
閉鎖された地下室に秘密の本があるとか
それは読むたびに内容が変わる本だとか
ブリタニカがいつも一冊だけ足りないとか
しかも足りない巻がなぜか調べるたびに変わるとか
実は足りないのではなく項目が欠けているのは
初版にあった記述が後の版で削られているとか
ボルヘスの小説にでもありそうな話ばかり聞かされるの。
図書館と言う図書館に
塞がれた階段や特定の本を入れると動き出す書棚、
見えているよりずっと広い隠された建造物があると
子供たちは信じているのかしら?
大きな国会図書館にも
私たちの近くの控えめな市立図書館にも
人に知られてはならない情報が眠っている──
ある時、誰かが手に取るかもしれない状態で。
まあ本って知らないものとの出会いみたいなものだし
知らないものだらけの場所なら
何が起こっても不思議じゃない──のかな?
図書館デートの満足度は高いようで
海晴姉様と手をつないで出かけた妹たちも
帰ってきたら目に見えて親密さが増しているのがわかる。
私と行くとそこそこくらいで
あんなに楽しそうな顔をしないのは──
もしかして私がまだ図書館の楽しみ方を知らないのかと
一瞬思ってしまうくらい。
まあ、そんなわけはないわよね。
読書の秋だからって
ここしばらく何度かあったように
また海晴姉様が思い立って
暇そうだからってつき合わされるようなことがあったときに
みんなに読んで欲しい本を探すなら
たぶん私はそんなに悪くない量の知識があるはずなのよね──
頭がよくなりたいときに
誰よりためになる先生がすぐ近くにいると
そろそろ教えてあげないといけない気分が最近ちょっとしてきたのは
みんなにとっても幸せなことだと思うんだけど
どうかしら?