ヒカル

『シャンプー』
うっかり買い置きを忘れて
私たちの家から
シャンプーが消えた。
一大事だ。
戸棚にも
部屋にもない。
空のボトルをひっくり返しても出てこない。
頭を洗う手段も
お湯だけ。
海晴姉や春風姉は動揺しているし
霙姉は平静を装った顔で
落ち着かなく歩き回っている。
だけど私は
数日前からなんとなく
こうなりそうな予感はあったんだ。
考えてみると
理屈の上では──
牛乳が好きな子が多い家だと
牛乳はすぐなくなるし
ホットケーキが好きな子が多いと
ホットケーキの粉はすぐなくなる。
そうなると
姉妹たちが清潔好きであり
お風呂が好きであり
泡をたくさん泡立てるのが好きとなると
もうシャンプーがなくなるのは
決まったようなものだからな。
ボディソープが残っているのも不思議なくらいなんだ。
思えば──
春風や蛍がいつも気がきいて
なくなりそうなものはすぐに忘れないようにメモを残しておき、
早め早めに補充する。
口で言えば簡単なそれだけのことが
他の誰にもできないんだと──
こういう事態になると初めて気がつくんだ。
なにしろここ最近は
ハロウィンのイベントがあったり
食欲の秋や読書の秋に
ジャージになる子が増える運動の秋、
紅葉を見に行く相談も進んでいるようだし
芸術にも手を出してみたい季節となると
つい忘れがちになってしまうことも
ひとつやふたつあってもおかしくない。
寒さを実感する朝や夕暮れが増えるこの頃、
重ね着でおしゃれの秋に
お風呂の秋とは冗談で言ったりはするけど
まだ世間で定着はしていない
我が家だけで通じる局地的な流行にとどまっている。
世界中のみんなが
もっともっとお風呂のよさを知っていれば
誰かがシャンプーの大切さを思い出したのかもしれないのに
私たちをやさしく包む込むお風呂へと
遊びに運動についよれよれで入っていくから
こうなると、お風呂の景色に気を使うこともつい後回しになって
あったまって──
楽しかった日の夢をもう一度見ようと急いでいるみたいに
すごい速さで眠りに落ちていくわけだ。
ふだんお世話になっているお風呂のために、
いつも縁の下でみんなを支える春風や蛍のために
こういう時こそ
助け合いだ!
というわけでコンビニへシャンプーの買出しに
ひとっ走り行って来ようと思ったんだけど
もう遅いからだめだって……
私では……
いつも助けてくれたみんなの力になれなかった。
というわけで
外の寒さも考えずに
引き受けてくれたお前が帰ってきたら
私のやることは決まっている──
そう、苦労をねぎらってマッサージをする準備はできている。
頼むぞ──
あっ、こんなことを言うと
まるで全速力で急ぐように要求しているみたいに
聞こえてしまうかもしれないけど──
夜はまわりが見えにくくなるし、車にも注意だからな。
私のマッサージだけじゃなくて
蛍が特別なスイーツのお礼を用意して待っていると宣言したからって
決して
あわてない!
私たちも急がず慌てず待っているようにする。
でも、せっかくこの後お風呂に入るんだから
小さい子たちが背中を流してあげるのが
いちばんの楽しみになるのかな。
とにかく今夜はおしゃれはいったん忘れていいから
暖かくするんだぞ。