立夏

『涙の後は』
うわ
うわ
うわわーん!
くすんくすん……
目じりの涙を拭うより
そのぶん思いっきり声を出し
リッカが泣いている。
だから部屋の湿度は上がって
水溜りがそこらじゅうにできて
家の中でも傘を差し
部屋から部屋へ移動するときは船に乗り
涙の海を渡っていく
おうち。
大声は距離を越えて届き
遠くの山で畑にいる人、
きのこを見つけた人、
家を暖める薪を探す人、
草むらに伏せて狩りをしている人が
西の山を染めはじめた夕焼けに気付くよりも早く
リッカの声を耳にして
ああ、またまた天使家の団欒が始まった、
家に帰る時間が来たんだなと
待っている家族たちの顔を思うの。
そんな声を出すものだから
おうちの屋根からほこりが落ちて
ねずみがぱたぱた倒れる音が
女の子の泣き声の合間に届く。
部屋の隅をよろけながら逃げようとする長い足のクモ、
列を乱してふらふら必死で逃げ散るアリの群れ。
コンクリートにヒビが走って
地面に広がる亀裂が
クモの巣みたいな模様を描いた。
月が軌道を変えて落ちてきて
リッカが泣いたら世界が終わる!
わーん、ごめんね!
すぐ元気になって立ち直らなきゃ。
せっかくできたお友達と話ができるのが
楽しくて楽しくて
もー知らないことばっかりで
夢中になりすぎたリッカも悪いの。
明日こそは必ずって約束をしたのに
お手伝いをする気がないとしか思えないほど帰りが遅いリッカは
氷柱ちゃんが玄関で怖い顔をして
仁王立ちをしているのを見ると
ごめんなさーい!
と、まわりを水たまりに変えるの。
悪い子だってわかっているから
リッカは泣いている。
氷柱ちゃんも傘をさして困り顔。
リッカがあんな顔をさせてしまった。
オニーチャンは……
悪い立夏をしかるの?
氷柱ちゃんはたるんでいてはいけない、
怒られてもいいから厳しくするんだって言ってた。
つ……氷柱ちゃんを……
叱っちゃうの?
ううんっ!
聞いて!
リッカは反省するよ!
反省の証拠におやつ抜きとかは……できないけど
そろそろ気を引き締めて
しっかりしないといけないなって
氷柱ちゃんに言われなくても
考えていたんだもん!
ほんとほんと。
悲しくなるのは仕方がないから
泣いて泣いて泣いて泣いて
自分の体重より多い涙を流して
泣いた後の立ち直りが
誰より一番早いってことは
オニーチャンもみんなもよく知っていることだ!
というわけだから、
う、う、
わわーん!
まだもうちょっと泣き足りない気がするから
うるさいかもだけど……
明日の立夏を信じて今だけは見逃してあげてください!