綿雪

『よい根っこ』
夕凪ちゃんが元気よく跳ねていると
ユキは好きな本を開きます。
今日は風が強くなってしまい
こういうとき、お外で遊ぶのが好きな子たちは
思う存分駆け回ることができなくて悲しそうなの。
ユキの趣味のいいところは
お天気に左右されずに部屋の中で楽しめること。
たまにおひまで
近寄ってきた子たちに
本を選んであげたりできること。
一人でもそんなにさみしくないこと。
開いたページには
世界中の知識が載っているかもしれないの。
ページを押さえる指先が心もとなくて
それから、めくる動作が駆け足になることもよくあります。
あわてても仕方がないけれど
早く早く
先を知りたいの。
ユキが見たこともない景色を教えてください──
またたきを忘れていたと気がつきながら
瞳は急ぐ。
好きで読んでいる本が
三冊、四冊、五冊……
ユキの部屋のは面白いお話がたくさんあります。
元気な子供になるのも大切だけど
本が好きなのもいいことだって
おんなじ趣味の霙お姉ちゃんが言ってくれるの。
知識を求めて
まるで根っこを伸ばすみたいに
静かに腰を落ち着けて
実は深く深く栄養をもらっている。
飛び跳ねる子は
遠くの動くものをよく見つけたり、おいかけたりするのが得意で
こちらで根を張った子は
自分が生まれたおうちの
ここにあるいいものを探すのがじょうず。
どちらも優れた能力で
おうちは人数が多くていろんなことが起こり
状況は次から次へと変わっていくので
どんな子の才能も大切なのだそうです。
たまーに、珍しく稀にあることで
これからも好きな趣味を続けていけるのか
忙しかったり他の何かも挑戦してみたかったりで
考えるとき。
たまに落ち着いて見直した
自分の気持ちを言葉にしておく時間が
役に立つかもしれないし
別にあまり関係ないときもあるから
気持ちを言葉にするのは大事なこと……
なのかも。
なのですって。
ユキは、霙お姉ちゃんがわかりやすく教えてくれたことだから
きっと役に立ちそうな気がするの。
でもたぶんそれは
こんなに好きなことを
迷ったときでは全然なくて
いつか未来のどこかで今の時間を思い返して
ああよかった、
あの時ちゃんと
好きなものを好きだと言えるようになれて、なんて感謝する時が
やってくるのは
ユキは楽しかった、
いつもここにいて楽しかった、
どんなときも
幸せでした──
だから、こんなうれしい気持ちになる秘密を
教えてあげるねって
誰かに話しているその瞬間。
いつか必ずやって来るの。
ユキの知っている面白さを
まだあんまり知らないなという子に
教えてあげられたらと願うその時。
あらっ?
なんだか今日にも──
あきらめきれなくて風の吹くお庭から聞こえる声が
そろそろ暮れ始めた色を背負って戻ってきたあと
まだ遊び足りないような顔をしていたら
ユキの知っている楽しいお話や
いいことがたくさんあった一日の出来事を
伝えてあげられるでしょうか。
すぐにみんなのところにもやってくることばっかりだよって教えることができるかな。
ひとりのときにいつもそうしているように
今もユキはときどき寝転んで
好きな本を開いています。
どこまでも根っこを伸ばして
からからの喉を潤したいと
水を吸い上げようとしている。
こうしているだけで
誰も知らない深さの
みんながおどろくような遠くまで
走ることや歌うことが苦手なユキの体の
どこかにもある
たくましい根を広げていくの。