『トレイン』
ガタン、ゴトンと
小さく揺れながら
私たちを運んでいく。
四角いはたらきもののその名前は
電車といいます。
春のきらきらした光が射しこみ
車内の椅子に沈む人たちと
けだるげな空気を運ぶ。
アナウンスが耳に届いて
次の駅のドアが開いたら
今日は少し雲がかかっていた窓の外の景色から
冷たい風が吹き込んで
蛍はちょっと背を丸め、
またもう少し
みんなのいる家が恋しくなるのかも──
のんびりしていたお休みが終わって
私たちのいつもの日常が戻ってきました。
勉強に運動にとそれぞれに励む日々、
友達と顔を合わせておもしろい話をしたり
同じ景色を眺める時間、
通勤通学で見つけるきれいな花の咲く通り。
ときどきは電車の窓から目に映るだけの
通り過ぎていく街並みだけど
よく見ていた窓の外も
新年度を迎えたら変わっていくのか
それともただの気分の問題でしょうか、
瞬き出す信号も
立ち止まり、歩き始める人たちの顔も
風に揺れる見慣れた制服のスカートのひらひらも
なんだか新鮮な発見に満ちているようで
あんなふうにぴしっとした制服のすそで揺れる
緊張した表情を励ましてくれそうなかわいく明るいスカートが
作れたらな、
誰かが待っているみたいに
早く会いたくて急ぐ足取りを
陽気に飾る春の装いに
蛍も包まれてしまったら
たいへんなことだな、などと
泡になって浮かんでは消える思いを
おぼえていたり
わすれたり
ふとした拍子に思い出して、
こんなにたわいのないことを
お兄ちゃんに聞いてもらったり。
愛しい気持ちで繰り返していく
変わらない日常に
私たちを運んでいくのが
大きな大きなずいぶん特別な電車の車両だなんて
ちょっとびっくりすることです。
麗ちゃんが教えてくれるお話だと
私を乗せるこの電車も
鉄道の歴史と開発者の情熱と
毎日欠かさず人々を運んでいける
影の努力に支えられ
奇跡的な出来事の積み重ねがあってこそ動き続けるといいます──
あれ、でも毎日りっぱにがんばっているのは
蛍の家族にもいる人たちの
楽しそうな笑顔もそうなのかもしれないの。
気持ちよく運んでくれる電車はいつの間にか
すごくて蛍をびっくりさせる出来事が繰り返し押し寄せる
特別な場所へと続くレールにつながっている──
なんてことがあるのかどうかはわかりませんが
今日も蛍はどうやら予定通りの時間くらいに
無事におうちに帰っていきます。
おどろいたことやびっくりしたことや
なんでもなかったことのお話を乗せて
今日も聞いてくれたらいいなと思う人のところへ
音を立てて──
蛍の毎日を作る影の努力は続いています。
お兄ちゃんのメンテナンスはどうですか?
ばっちり?
蛍にお手伝いできることが見つかれば
たちまち新しい制服を用意して駆けつけます。
ふんわり揺れる陽気な布地に
春の芽に似て育ち始めた情熱をそっと包んで──
どこへ続くかわからない旅は
今日もレールの先を見せずに続いているみたいです。