氷柱

『目覚め』
今日は少し寒かったわね。
膝丈の短いスカート、袖のないシャツはまだ早いとばかりに
最近いそいそおしゃれをはじめた乙女たちを直撃する気温。
おもちのような白い腕をかき抱いて
震えているのを見てしまうとかわいそうだけど。
まあちっぽけな人間は大いなる自然に対して全くの無力ですもの。
これで学校の新年度を家族揃って迎えても
一人も制服を着崩す心配もなく
はじまりにふさわしいフォーマルな格好でいられるというわけね。
いやまあ、このままあんまり暑い日が続いたら
私一人だけでも去年と変わらぬ完璧な格好でいるつもりで
胸のうちに決めていたけど。
あんまり暑い時間に無理をしてもあれだし。
あと多少は無理をしたほうがいい立夏ちゃんは
たぶん絶対言うことを聞かないしで
ただひとつ自分だけは何が起ころうとも
自分自身の美意識だけは守らなくてはいけないと
アイスを片手に、気がついたらスカートをぱたぱたさせている見慣れた指先に
愕然としながらも
人の意思や信念は、自然の脅威を覆せるはずだと
ええと、なんだっけ。まあいいや。
ともかく
新しい学年の始まりは
一年中緊張しっぱなしは無理でも
せめて一日くらいは襟を正しくいられたら気持ちがいいと思うの。
春休みもついに終わり。
だらだら過ごした人にとっては
何も残らず消えていった儚い休日。
多少は未来を見据えて
予習なり新しい挑戦なりを
飽きて投げ出さずに続けていた人なら
努力はいつでも正直で何か残るものがあると学べた大事な日々。
うん。
いつでも顔を見ればわかる。
納得できる毎日を過ごしてきた人の顔はいつも誇らしいと決まっているのだから。
私たちの家族を見れば──
急に寒い日が来たことにびっくりして
子供たちはあわててみんなの分の毛布を押入れから取り出そうとして埋もれたり
いつもの慣れた調子でおしくらまんじゅうをしたりしている。
そうそう、寒い日はいつもこうしていたわね。
寄り添って暖めあう気持ちがあってこの春まで毎日を乗り越えた。
優しいみんななら、これから新年度にどんなに厳しい試練があっても
必ず、もしくはおそらくそれなりに……
まあ──何か困ったことがあって大変そうなら
なるべく助けに行こうかな──
不安と期待とが
自分ばかりのものではない時もある、こんな始まりの頃。
大丈夫よ。
私たちが毎年、こわごわと踏み出していく日々がそうであったように
また今年も誰にとっても大事な時間が
嫌でもなだれみたいに押し寄せてくるんだから。
それだけは今のうちから覚悟しておかないとね。