『夜風』
丘の上のほうから
慟哭に似て聞こえてくるもの。
風が強くなるこのごろ
春の嵐がついに来たのかと
わがやの子供たちはうきうきしてるが
果たしてそうであろうか?
妖艶な赤の
梅桃桜の枝に
ふくらむ芽が目立ってきた。
私たちの街にある桜も
凍える冬の姿とは変わりはじめている。
固く震えていた枝はよく見れば
内側に灯し続けた生命力の
ようやく現れようとする気配。
ふと何かに呼ばれるように
目を上げた先に
やがて開く花が──
日に日に育っているのがわかる。
河原の土手も街中の並木も
坂道も裏山へ続くけもの道も
もうまもなく桃色の天蓋で覆われてしまう。
春一番の時期を過ぎた頃
不意に吹く風が
かよわい花びらを運んで
私たちの視界を新しい季節の色に染めようとする日も
すぐそこまで近づいている。
手の届かない枝にすくすくと育つつぼみの脈動こそ
耳を済ませたときにだけ聞こえてくる
春の足音と言えるものかもしれない。
だが不思議に思うのだが
山に続くほうの道はわかるとして
街並みの一部といえる
高い丘の上のほう──
人の住処でこうも途切れず桜が続いている景色も
どうも落ち着かない気持ちにさせられるというか
確かあの辺は空が見える開けた場所ではなかったかな。
最近、甲高い風が吹き付けてくるあの辺りだ。
そう、考えてみれば──
このように魔術的で妖しい色彩が
まるで意思を持つかのように領域を広げて
全ての行けるものを侵食していくと
そのようなことがないなどと
この世の美を知るものの誰が言い切れるだろう。
それともただ単に私の記憶違いかな。
特に夜になると
あの風も強く
見たことのない景色が広がるような感覚も強くなる。
気持ちまでが心地よく
耽美な薄桃の花が咲くように揺らめくようだ──
桜が満開になる頃には
私の不安が的中していたのか
ただの気のせいだったかもわかるだろう。
ゆっくりと寄り添おうと
音も立てずに近づく季節。
きっとまた世界は美しく咲き乱れる。
今年の春が来るのも──なんだか楽しみだな。