観月

『鬼女』
鋭い角を生やして
牙を尖らせ
口は耳まで大きく裂けて
振り乱す髪は恐ろしく。
手には釘を持つという。
もしも万が一、目が合ってしまったら
蛇ににらまれたかえるの気持ちになるらしい。
わらわは逃げるのに慣れているからともかく
さくらはおしっこを漏らすこと間違いなし。
足がすくんで逃げ遅れると
たとえ日頃から鍛えていたって
どうなるかわからないから。
そんなのが山から降りてきているのを見つけたら
そっと気付かれないように離れて
みんなに近づくべきではないと言ってまわらねばならぬ。
しかし、節分に祓ったばかりだから
あらわれるわけもないと思っていた。
力のある豆をばしばし投げられ、
それでも恐れずやってくるとなれば
そうとう肝の据わった大物だぞ!
相手をするなら覚悟がいる。
もしも近くまで来るのなら
ああ、いつかは
わらわの命に代えても家族を守るときもあるだろうと──
だいぶ前からそのつもりであった。
いざというときに手も足も震えたりなどせぬ。
もともと、魔を滅す定めの生まれ。
それは明日か、遠い未来か
必ず訪れるとわかっている日なのじゃ。
いくらなんでもまさか
そんな怖いものを
家の中で見かけるとは!
しかもいちばん柔らかくておいしそうな
あさひに目をつけるとは
さすがは豆に負けない邪悪さ。
これはわらわも腕が鳴るぞ!
緊張しながら忍び寄ってみると
そやつはなんと!
あさひをあやすものすごい顔の麗姉であった。
あんがい子煩悩だったのだな。
わらわも負けられないと
いないいない──
べろべろばぁ!
どちらがあさひを喜ばせられるかで
良いママになるかの勝負が決まるのじゃ。
うつくしくあやしい麗姉じゃと
まだぜんぜんかわいいわらわとでは
最初から不利だとわかっているが
乙女には、負けられぬ戦いもあると学んだばかり。
わらわの告白は
そう簡単に一番になれぬことはわかっておる。
わらわが本当の鬼と戦う前に
たった一度でも、兄じゃの近くに寄り添えればいいが。
でも鬼と会っても
やっつければかまわぬかの。
では──今日はおどかす練習なのじゃ!
べろべろばぁ!
固く覚悟を決めた乙女であれば
うかつに寄るといたい目を見るぞ。
この──毎日、姉じゃたちと楽しく洗っている長い髪を
振り乱してみせて──
そして魔を追い払った夜も、ついでにそうでない普通の夜であっても
兄じゃとも楽しくお風呂に入ろうとする
きれい好き。
今日のところは──負けず嫌いの子は
かわいい戦いをして
悔しがっているばかりでよいのだろう。