・海晴
生まれたての朝の光が
まだ薄く、でも広がる白の清らかさが
さわやかな一日の始まりを予感させる頃。
上着を引き寄せ、吐く息で手を温めて
暖房が動き出すのを待ちながら
これからはじまる冬の日にわくわくしている。
日の差し込む窓辺であいさつをかわし
布団の誘惑に負けなかったことを喜ぶ顔は
実は、今日だけのものではなくて
少し前から続いているいつもの眺め。
そう、一年にたった一度、
素直な気持ちを誰にも隠さず
甘くかわいい宝石に乗せて届けることができる日が
まさに今この時であるのと同時に──
楽しそうに、どんな輝く光にも負けない顔を見せてくれて
きらきらしていた時間が続いてきて
新しい光が生まれる朝には、いつもみんながこんなふうだったんです。
さすがに運命のときが近づいているとなると
緊張が目立つ子もいるみたいだけど。
それでも今までと変わらずに
こんなに楽しいことばっかりがあって
どうしても起きてきてしまいたくなると
小さな声で話をした朝の輝く瞳が
見慣れた家の中を
落ち着くだけの場所じゃない──
何かとんでもないことが待っている旅路に見せている。
大変なことと、泣いてしまうことと
どれだけ練習しても叶わないような気がしてしまうことと
それでも続けたい気持ちが湧き出して止まらないことが
今日も待っていると誰もが信じている。
ねえ、知っている?
あなたには何度も繰り返し伝えているけれど
いつも照れたような顔をして
本気にしていないの。
だけど私たちはみんなが
心の底から信じてる真実がある。
この家の中に満ちている愛の
本当に楽しくてたまらないうれしい時間は
あなたがとてもたくさんくれたものなんだということ──
ずっと知ってもらいたくて
伝わるかどうか自信がない拙い言葉にも乗せてみたり──
たまには実力行使をして抱きついてみたりしてね。
だってこんなにうれしい気持ちを
伝えないではいられない。
今日だけは──
恥ずかしさも不安も私の一歩を止める理由にならないみたいです。
どきどき弾む胸を乗せる怯える体を
背中からそっと後押しするのは
ずっと昔に生きていた、愛の名と共に語られる人の名前と
日本のお菓子会社のちょっとしたちゃめっけ。
ハッピーバレンタイン。
私の愛する弟クンへ。
あなたはこれまでずっと
私たち家族を幸せにしてくれていたことが
誰にも文句なんて言わせない本当のことだと
ここに認め──うーん、なんか違うかな?
まあいいや。
海晴があげたい気持ちになったチョコレートを
受け取って欲しいと思います。
2018年2月14日。
バレンタインデー。
どうか今年のこの日が
あなたの幸せな思い出になることを
私がほんの少しだけでもお手伝いできたらいいな。
定番の甘いチョコレートが愛する人の胸の中まで
暖かさを一番良く伝えるはずだと信じています。
・霙
春風たちの話によると
全ての人の心には扉があって
気持ちを許した相手にしか見せない部分を守っている。
それをこじ開ける鍵こそが
甘く漆黒のチョコレートなのではないかと
期待しているという。
それが事実だと考えると
おそらく、私の中にある扉は
宇宙の虚無をかたどった夜の色をしていて
その奥に隠しているのは
終末を知る人間たちの恐れやあきらめや
全ての望みが闇に消えるとわかっていながら
人が前に進むことのためらいではないかと思う。
決してだじゃれを考えたり新しい踊りを想像したりする
面白い部分などではない。
そんな愉快で親しみやすい性質はたぶん私のどこにもないからな。
たとえ塵となることだけが答えでも
私は目を背けるなどできずに
扉の奥に押し込める感情を育てている。
人という小さな生き物が──
さらにその小さな胸にいろいろな感情を抱いて
ふたをかぶせたり、大事にしまっておいたりするのは不思議なものだ。
そんなものはあってもなくても
いつか何もかもが消えるとしたら何でもないというのに
なぜ丁寧に鍵をかけたりするのだろう?
ただ、自分に扉があるというのは
悪いことばかりではなくて──
この不可解な感情をもとに
私が知りたいと願う人の胸にある扉を開こうと試みることもできるのだ。
この胸の奥、大きな鍵で閉じ込めている
黒く重く禍々しさのあまりに瘴気すら漂う扉は
大切な人に見つめられるだけで
すぐに震えだすようだ。
となれば話は簡単だな。
私にとって家族が大事であるように
オマエから見ても私が家族でいるというだけで
その影響は必ず大きい……はずだ。
別にオマエにとってただの家族の一人という以上の存在に
なろうとは考えていない。
そう、今はただ──
その胸の中にあるものを揺らすことができたらそれでいい。
いつかは私の奥から噴出すものが
もっと別の満足を要求するとしてもだ。
練習を積んで作ってみたチョコレートが扉を開ける鍵であるなら
このあとすぐに暴れだして私の心にまで突き刺さる可能性も
ないとはいえない。
バレンタインとは──愛を告げたい気持ちと受け取るものがぶつかり合うから
今は変わったように見えず動き続ける宇宙に
まさにこの瞬間に
どのような変化が起こってもおかしくはないな。
いいんだ、怖れずに気楽に受け取ればいい。
いつものように目を逸らさずに見つめあいながら……だぞ。
・春風
いつでも初心者マーク付き、
永遠の恋愛経験一年生、
春風はいつもそんな感じです。
お菓子作りなら
けっこう自信も
少しは……
ないではないかも……
と思ったりするし。
キッチンにいたら
誰かがやって来て
おやつのおねだりをされたり
たまには目を輝かせて
自分も作ってみたいって
言ってくれて。
実はこっそり海晴お姉ちゃんたちの助けを借りて
蛍ちゃんに小雨ちゃんたちにも教えてもらったりするし
決していつでも格好よく
ご希望のメニューを用意してあげられるかどうかはわからなかったりするし。
がっかりされたり、おこられたり。
でも、いつのまにか
お料理上手で
花嫁修業の実践では一番の評判もある
それなりにお姉ちゃんができている
自分を見つけるときがあって──
たまにとってもうれしい気持ちになる春風なのですけど。
どうしても──
家族で一番だと褒めてもらえて
そんなまさかという思いと
もしかしたらそうかもと考えたりするときがあったりしても
本当は全然
ここぞという瞬間にくじけて
必要なはずの勇気が出てこない……
なんてことがある、だめな子です。
王子様は肝心なときに
勇気が出てくるほうですか?
それとも……
自信があるつもりでいたのに
一番大事なことだけは
怖くて怖くてしかたがなくなってしまう気持ちも
少しはわかってしまうのでしょうか。
春風は……
王子様に嫌われてしまいそうで気がして
逃げたくなるとき
いつでも必ず勇気を出せる自信がちっともありません。
だから今年のバレンタインには
一日だけでも、一言だけでも自分の気持ちを素直に言えたらいいと願ってきました。
上手に言えないとわかっていても
あなたには届けたい気持ちがあるといったら
また、王子様を困らせてしまうかもしれませんね。
でも……
あなたのことを愛していると──
永遠にこの思いは変わらないと伝えられるなら
春風は王子様が困っている顔は
あんまり嫌いでもないのかもしれません。
大好きです、私の王子様。
私の思いに応えてくれなくたってかまわないから
たとえどんなことがこれから起こったとしても
あなたのことを愛している人がいること、
今年も勇気を振り絞った子がいたことを
どうか忘れないでいてくださいね。
・ヒカル
普通の人が
ごく当たり前に
普通のことをするのって……
むずかしいな!
お菓子を作るって大変なんだな。
いつもにこにこしながらみんなの分を作ってる
春風たちはすごい。
たぶん、手際の悪い作業をしているのを見て
口も手も出したくなっただろうと思うけど
やっぱり横にいて穏やかに笑って
根気強く付き合ってくれたんだ。
小さくてかわいくても──やっぱり春風にはかなわない。
いろんな人に迷惑をかけながら
数え切れない感謝を積み重ねて
やっと人並みに用意できたチョコレート。
楽しかったし
大変なこともたくさん。
思い返してみると
助けてもらってばかりの私が
どうして一応ここにチョコを持って立っているのか
不思議に感じるくらい。
つらいことがあったって
夢中で駆け抜けている間は
立ち止まるなんて考えないものなんだな──
たまに苦手な試練と向き合わないと
けっこう忘れがち。
私を動かしているのは、自分にできることではない。
今年のバレンタインの日、
チョコレートをあげる男の子の前に
私を連れてきたのは
頭の中に浮かんだ驚く相手の顔。
毎日良く見ている
まぬけで面白くて
ふだんからちょっと想像できないかわいい顔。
こうして見ると、オマエもやっぱり春風ときょうだいなんだな。
なんだか頼りにならないように見えるときもあるのに
しっかりしているときには、私をおいて遠くへ行ってしまいそう。
今年はみんなと一緒にわいわい騒ぐのが楽しくて
ついクッキーも作ってしまったから
オマケにつけておいたぞ。
いつか遠くに離れてしまいそうな不安があっても
少し焦げたクッキーは病院送りにするほどじゃないと思うから今年は大丈夫だ。
もしもいつか──未来のことは私たちにはわからないけど
春風よりもあんまりおいしくなかったりするお菓子の味は
なかなか忘れないでいてくれたらいいな。
また思い出したら
私もつい調子に乗って、すぐ作って届けてあげられるように……
いつかは、そうなるかもしれないよ。
・蛍
蛍がもしも
ちょっととんでもないことを言い出したら
お兄ちゃんはおどろきますか?
それとも、いつもの蛍だって笑うでしょうか。
たとえばお祭りみたいな笑顔と
ほろ酔いくらいにはなれそうなチョコレートの甘さに包まれて
もうどこから届くのか
誰の声なのかもわからなくなってしまううるささ。
元気で手に負えなくて
でも、この日をくれたのが
ちゃんと誰だかわかっていて
その人に──
できれば伝えたいと願っている!
おまけに、明るいことと元気なことでは
世界中のあらゆる場所に出かけても必ず間違いなく認められる
いつも仲が良いきょうだい。
そんな人たちが今しかないと思い込んでしまったら
なんだってできるような気がしてくるに決まっています。
気分だけかもしれないけれど……
お兄ちゃん、もしも蛍が
すっかり家事の経験を積んだおかげで
ついにお兄ちゃんのして欲しいことも
食べたいものもすっかりわかるようになってしまった!
と言ったら──
やっぱり、今までさんざん大変な思いをさせてしまったことを
思い出すでしょうか?
今日はみんながチョコレートを用意するから
蛍からの贈り物は
甘さ控えめのホットチョコレート。
コーヒー感も濃厚なビターな味はどんな愛のしるしにも似合うはず……
お好みですっきりジンジャーやシナモンの味付けもできますので
飽きずに喉を潤していただけたらと思います。
蛍はまだ自分のことばっかりが多くて
毎日、お兄ちゃんの笑顔を見たいだけ。
本当の気持ちを見抜くなんて遠い夢で
いつまで経っても、何もわかっていないのかもしれません。
でもね、でも──
夢をあきらめなかったらいつかは、もしかしたら。
だってお兄ちゃんは
これからもいつまでも蛍と一緒にいてくれるんでしょう?
まだ心を読むのがそこまで得意ではなさそうな蛍は
たったひとつ、それだけはわかってしまうんです。
楽しい日が来ると、
お兄ちゃんがいてくれるからだとわかって
もっとうれしくなる。
楽しいから、今日この日がみんなのおかげだから。
そうすると蛍はこれまで幸せだったみたいに
これからもずっとお兄ちゃんの妹でいられるとわかるの。
お兄ちゃんのことをずっと大好きな妹の蛍を
どうかいつまでも末永く
かわいがってあげてください。
・氷柱
ハッピーバレンタイン!
よかったわね。
今日が何の日だか嫌でもわかる
そわそわした雰囲気。
下棒の大好きなチョコレートが
日本中を飛び交う悪夢のような記念日がはじまるわ。
まったく、暇な人や物好きな人ってたくさんいるのね。
私はとっても忙しいから
こんなわけのわからないお祭り騒ぎにはつきあえないけど
あー残念!
あら、そんな間抜けな顔をしたって
同情でチョコレートはもらえないわよ。
少なくとも私からは。
いつか下僕くらいに暇をもてあましてもいいような
南の島のどこか無人島に漂着してやることがない日でも来たら
考えてあげてもいいけどね。
生き馬の目を抜くような忙しい現代の日本に生きる私たちには
チョコレートだのなんだのって言ってる暇はないの。
だから話は手短に済ませなくっちゃ。
バレンタインデーが年に一回巡ってきて
去年は義理と付き合いと少しはないでもない感謝の気持ちで
用意したチョコレート。
あの時から決めていたことがあるの。
私の下僕がいつものように
うかつなことをしたり
気が利かなかったりしたら
今度はあげなくてもいいだろうって。
まあ、まったくご主人様の意に沿わないこともないだろうけど
そのへんはまとめて2、3年分は
一度にあげたことにしてもかまわないだろうから。
いちいち毎年
手渡しで!
感謝なんてそんなにちょくちょく言わなくたって──
あんなに恥ずかしいことやってられないし!
ましてや──
もしも、家族の誰かを泣かせたり
一応はすてきなお兄ちゃんだと思っている小さい子供たちの期待を
裏切るようなことでも合ったら
おしりを蹴り飛ばして寒空の下に放り出しても
私は何にもきがとがめないと思うの。
どう?
前にもらってから一年、
私からチョコレートを受け取るだけの善行は積んだと思ってる?
もし──
自分に全然もらう資格がないと思うなら
仕方がないからこれから先の五年分くらいはまとめておくから
とりあえず今年は黙って受け取りなさい!
私の選んだ下僕は、自分で考えているほど
みんなから受けている感謝は足りなくもない……かもしれないわ。
ほらっ!
返事!
そんなことじゃ子供たちに示しがつかないでしょ。
もらったら何か言うことあるでしょう?
ちゃんと感謝の言葉を言えなくちゃ
その時からお兄ちゃん失格よ!
・立夏
がんばってもどうやっても
とりあえずいまのところは
経験が足りないー!
ふだんからお料理しておけばよかったな。
とはいえ、立ち直りが早いのもリッカの特徴。
技がないなら
心でがんばるぞー!
チョコを刻むところから
指先に愛情を乗っけて。
湯せんでかきまぜるときも
愛だけを右手に積んでまぜまぜ。
かたまるまですることがなかったら
祈ったり願ったり
目を閉じたら思い浮かぶ顔を見つめて
がんばってるよーって心の声で叫ぶの。
オニーチャンのおかげだよーって。
声が届くのは耳ではなくて舌に乗ってとろけるあたり。
次の工程のデコレーションなら
待ってましたって感じで
愛してるって思わず声も出ちゃう。
歌も歌うし
こっそりつぶやいたりする
調子も良く進む作業。
エプロンが似合う時間!
リッカにはめずらしい!
エヘヘ──
喜んでもらいたいな!
それだけ思ってキレイに飾るよ。
でも……
でもさ!
お料理の腕前もあって
さらに愛情を乗っけるお姉ちゃんたちがいてね、
そんなことされたら
すごいから──
くらべられたら
リッカはもしかしたらかなわないかもしれないの。
ま、しょうがないか!
そこは将来性ってことで。
だってこれからもオニーチャンに毎年チョコレートを作ってあげたい気持ちは
リッカのもの。
家族のみんなも同じだとしても
とりあえず──そこだけは引き分けでもいい、
負けたくなくて並ぼうとがんばってみるの。
落ち込んだってすぐ立ち直るんだよ。
ずっと一緒にいたいからだよっ!
では、今年のコレが記念。
ハッピーバレンタイーン!
好きの気持ちをどっさり乗せて届けられる幸せに
リッカは今年も出会えました。
今年もオニーチャンがいてくれてよかった。
チャオ!
・小雨
2月になるくらいの頃から
小雨のまわり全部が
まるでお祭りみたいに──
にぎやかな毎日でした。
それもみんな今日のため!
バレンタインの小さな贈り物に
ありったけの思いを込めようとする熱い気持ち。
作るそばからチョコレートが溶けていっても
何もおかしくないお菓子作り生活だったけれど
どうやら小雨が見た感じでは
みんなが思い思いのチョコレートを用意できたみたい。
よかったです。
小雨もどうなることかと思いましたが
なんとかお兄ちゃんにあげられそうな分が
形になりました。
お兄ちゃんは知っている?
こさめはだいたい
どんなことをしようとしても一度は失敗をするタイプです。
しかも──
鍛えられてくじけないようになるなんてことはなく
家族で一番引きずって
ぶるぶる泣いて落ち込むことが多いほう。
2月になって
14日に向かうまで──
いったいどれだけ泣いたか
みんなに聞いたら
たくさん! としか答えられないほどで
誰も覚えてなんていられない数だと思います。
それは小雨にとって
どん底に落ち込んだようながっかりした気分から
立ち直った回数と同じで。
短い間でしたが
大嵐の中にいたみたいに
風に巻かれてのぼったりさがったり。
のぼってもあんまり高いほうまでは行かないんだけど……
今はひとまず気分の落ち込みがないということで、上のほうにいます。
もし本番の日が13日だったら
小雨はどうなっていたかわからないくらいだったの……
立ち直れてよかった!
お祭りみたいな気分を分けてもらったのかな。
みんながいてくれないと何もできない小雨のままでした。
それに、お兄ちゃんにあげなくちゃと思っていなかったら──
でないと小雨は泣いたままお兄ちゃんの前に現れたのでしょうか。
弱音ばっかりこぼしてしまったけど
今は笑顔です。
お兄ちゃんにあげるものが暗い気分ではいけないですもの。
小雨のチョコレートです。
おいしくなかったらごめんなさい──
それでも小雨は来年までには立ち直れると思います。
・麗
人には得意と苦手がある。
たとえば、甘いものが特別好きというわけでもなく
自分で作るにも自信がなさそうなのに
それでもきっと楽しみにして待っているからと
その気持ちだけを支えに練習を繰り返している。
ええ、これは私のことではなくて
ただ家族がしているという点を除けば
あまり興味がない遠い世界で挑戦している人の話。
それでも──
ぜんぜん同じことをやろうとは思っていなくても
どうしてわざわざ苦手なことをやろうとしたがるのか
よくわからなくっても。
なぜか、楽しそうに続けているのを見て
不思議に思うわ。
新しいことを試すのが好きなのかしら?
私が得意なことは
お掃除……片付け……
学校の勉強……お皿洗い。
もっとうまくこなせる人はたくさんいるし
それに、真剣にやるからそこそこできるだけで
集中が途切れたら決して上手ではないから
得意というのも違うかもしれない。
対して、苦手なことと言えば
おままごとに歌に絵本の読み聞かせにそれから
お絵描きにお料理に……
調理実習で習ったカレーライスを作るのはできるわ。
苦手というか、経験によるというか、練習次第ね。
だから、仮にチョコレートを作ったとして。
向いていないとか、経験が足りないとか
いろいろ言い訳はできると思うけど
そういうのは女々しいと思うし
言い訳をしていない人がいるわけだから
何一つチョコレートを用意できなかったとしても
言い訳なんてしないで
理由を作ってそのせいにするのはやめておこうって決めていた。
みんなにできることなら、たとえ不器用でもそのくらいはって。
だから……今、何ていったらいいのかわからないけど……
あれっ!
こんなところにチョコレートが一つあるわね。
そういえば私が作った記憶があるわ。
きっとたくさん他にもいっぱい作って
むしゃむしゃおいしく食べた残りだわ。
あー、おいしかったな。
あまりものでよかったら一つあげる。
……
あげられるものがなかったら
もともと下手だからとわかっていても
悲しい気持ちになるだろうなと思っていたから。
そうなっても言い訳をしないようにしたいと──決めていた。
とりあえずひとつでも形になったときには
ほっとした……ような気がしないでもなかった……として。
それでも少しは悔しい気持ちになることもあるのね。
悔しいから、これが実力だって認めるのが嫌で
言い訳をしないなんてたぶん私にはできないんだわ。
つまらくて、嫌な女。
そのチョコレートは
あんまり乗り気じゃなくて
練習が足りなかっただけで
私の本気じゃあないから!
それでもよかったら食べるといいわ。
でも──ヘタだけど。
もらってくれて──ありがとう。
それだけ!
ふん!
・星花
ありがとうの気持ち、
一緒にいたい気持ち。
お料理が上手じゃなくて恥ずかしい気持ち、
受け取ってもらえてうれしい気持ち、
照れくさい気持ち。
まだまだ子供で何も知らない甘えん坊の星花は
もしかしたらいつか遠い将来、
なんでもできる大人になって
お兄ちゃんの前に立って──
私もお兄ちゃんみたいになれましたって
自慢しているかもしれない。
それとも、まだ追いつけた気がしなくて
ちょっとだけ近づけましたと
うつむいたり目を合わせたりしながら報告するのがやっとなのかも。
でも今年のバレンタインには
小さな星花が。
なんでもできるお兄ちゃんの前にいて
押し寄せるいろんな気持ちの嵐の中にいます。
もしお兄ちゃんがいなければ
どのひとつも知らなくて
見たこともないままだったはずのことばかり。
星花がいきなりチョコレートつくりに挑戦しても
なかなかうまくいかないことだって
知らなかったと思うし、
練習しても、そんなに上達が早いほうじゃないことも
なんにもわからなかったかもしれないの。
そんな星花でも
あきらめなかったら、たったひとつだけ
なんとか形になって
これならお兄ちゃんにあげられそうで
ぜひ食べて欲しい気持ちになるような
誇らしい成功にまで
たどりつけるということ。
まだ本当に子供で
お姉ちゃんたちに教えてもらったり
やっぱり苦手な子たちと励まし合うのも、どっちが先に上手になるのか競争するのも
お兄ちゃんの顔を思い浮かべてがんばろうと思うことも
小さな星花がほんのわずか一瞬だけでも一人前になるために
ぜんぶ必要だったこと。
まだ愛の気持ちもはっきりしないで
嵐に巻かれる星花は
今日のために過ごしてきた毎日の中、
大変な思いをするのがそんなに苦手ではない気持ちになる時もあるんだなあと
思いました!
これからも急成長はしないけど
もしよろしければ
おそばにおいてもらいたい星花の望みをかなえてください。
・夕凪
ゆけゆけ、
楽しい場所!
夕凪はだいたいうるさいから
じっとしているのが苦手なんだよね。
いつも楽しいものを探してうろうろしてる。
落ち着いたらいいのに!
もしかしたら──
立ち止まってみると
すっごい面白くて
とびあがってしまう景色かもしれないのに!
そんな夕凪をたまに足止めして
いいところだなー
ここ!
みたいに、気付かせてくれるのは
だいたい夕凪の場合はお兄ちゃんなの。
星花ちゃんに連れて行ってもらったり
吹雪ちゃんが退屈そうにしていて
夕凪が何とかしてあげないと!
一肌脱ごうってなるときもあるけどね。
でも、たいていは夕凪がよかったーと
ぎゅってしたくなるのはお兄ちゃん。
それは、お姉ちゃんたちから見たら
ぶつかっていじわるしているみたいで叱られるかもしれないけど
夕凪は大好きで体ごと突進して行ってるだけだもん!
そういう行動しかできなくなる気持ち、わかるでしょ?
で、夕凪はどうして
お兄ちゃんだけがこんなに夕凪を楽しくしてくれるんだろうって
考えることが
一日に一回くらいはあるんだよね!
それどころじゃない夢中になってばかりのときもいっぱいあるけど。
なんでだと思う?
夕凪の好きって気持ち。
その答えは
夕凪にはぜんぜんわからないから
これから先もしかしたらひょこっと答えが出てきたときに
お兄ちゃんのところに走っていけるように
いつまでもずっとお兄ちゃんがそばにいてほしいということです!
うるさい夕凪をよろしくお願いします。
・吹雪
愛。
生物の感情のひとつとされるもの。
愛とは
私が知る限りの情報を参照すると
弱い個体を保護する効果があり、
または困難に臨み協力関係を結ぶ動機となるもの。
個体数の増加を確保するもの。
理屈で説明できない
不可解な行動のきっかけとなるもののうちで
最も説明が難しいもの。
時間の経過と知識の蓄積によって
情報量が増加しても
分析する意図が意味を成さない。
人類の歴史において
研究された時間と比例した場合に
最も謎に包まれていると判断できる
生命の状態。
いつか全てがロジカルに解き明かされて
愛という愛の全てが裸の状態でさらされるのが
当たり前になる可能性があるとしても
現在は少しの先も見えない
濃い霧の中にあるもの。
時には種の繁栄のために使われ、
それが本来の目的の全てであると仮定し
他の用途は全てエラーだと切り捨てるにしても──
いえ、どのような意味合いを見出そうとも
あまりにも例外が多く存在するために
知れば知るほど答えが遠ざかる
未知の発見が絡み合った深い密林そのもの。
愛のために行動していると
私が信じるとき
過剰な熱を発生させる知的興奮の喜びと
果てのない無限大の空間に直面する不安が
まったく同時に存在する。
このような話を信頼できる相手に相談すると
多くの場合、周囲の家族たちは
面白がっているような顔をしたり
充分な説明が難しそうな顔をします。
特に年齢が上になるほど
まるで自分が同じ悩みを持ち
同じ道を歩んできたというような
理解ある表情をする傾向が強くなるようです。
では私が何も知らない理由は
単に年齢的な原因があるのか。
もしかしたら個体差の問題で
私が愛を考察することに
致命的に向いていない可能性もあるのではないかと
考えることもありますが。
しかしこれは考えても仕方のない問題ですね。
もし願いが叶うなら
何者かが到達する、あるいはすでに結果を出していてもよいので
愛を科学的に説明できる解答が
正確に私の理解する範囲へと届くまで
私の愛する人間が
ずっとその日まで待っていてくれることを望みます。
可能であれば、できるだけ近くにいるままで。
そして答えを最初に知る存在が
人類で誰よりも一番初めに
私の知識の範囲では
最も愛について最重要の項目と認識している
この私自身であるとすれば
とても良いことだと考えます。
しかし全てが理想の通りには行かないでしょう。
これからもみんなの協力を求めながら
答えを探していくつもりです。
だから、どうか気長に待っていてください。
そう頼みたい相手はまず第一にキミだから。
たどりつけるかもわからない答えですが
ずっと探し続けます。
キミは待っていてくれますか。
・綿雪
ハッピーバレンタイン!
ユキからもお兄ちゃんにチョコレートを贈ります。
もう他のチョコレートをもらっていたら
ユキのなんていらないかもしれませんが。
がんばって作ったので
ちょっと見るだけでもいいの!
お菓子を作りたいと思う前に
ふつうなら、横になって
体を休めるのがお仕事のユキ。
もうすぐ丈夫になるのだと信じて
わがままは言わない!
でも──
バレンタインのシーズンだけは特別です。
お兄ちゃんに──大好きな人に
チョコをあげたい気持ち、
みんなわかってくれているの。
ユキのきょうだいは
お兄ちゃんのほかはみんな女の子。
やさしくて
きれいで
ユキの知らないことをいっぱい知っていて
それで──
バレンタインに
じっとしていられなくて
自分の体を大事にするのはもちろんだけど、
来年もあるのはわかっているし
寒い時期だから無理もできないの、
でも、それだけじゃいられないって
わがままを──
この時期だけはわがままを言ってしまいたい
その気持ちをわかってくれるみんな。
ホタお姉ちゃんや小雨お姉ちゃんに
お料理の手順も、道具の使い方も優しく教えてもらったし
立夏お姉ちゃんにも麗お姉ちゃんにも
見栄えがいいきれいな包み方で
喜んでもらえそうな相談に
乗ってもらったし。
氷柱お姉ちゃんにもね、
教えてもらったの。
後悔のないようにしなさいって。
ユキのできることをするようにと。
はい!
ユキは体が強いほうではないけれど
なにもかも全部
弱いわけじゃない……
そんな悲しいことは絶対ないと思います。
だからお兄ちゃんにも
目をそらさずに言えるよ。
ユキの作ったチョコレートは
今年のユキの精一杯です。
おいしく食べて欲しいなんて、そこまでは言えないかもしれない。
まだヘタだけど──
どうか受け取ってください!
・真璃
マリーは女王なの。
世界中の人を愛し
世界中の人に愛され
そして恋人との愛こそ
何があっても
決して裏切らないと決めた。
だからその気になると
人生でこのときだけの一大事となった時に
世界中に呼びかけて
どうかお願い、
マリーが愛する人にあげたいの!
と──
この地球上のあらゆるチョコレートを
フェルゼンの前に積み上げて
愛のしるしとすることも
決してできないわけではないのだと
自分の愛を信じているわ!
もちろん、全部は言い過ぎで
このバレンタインに恋人に贈るチョコレートや
小さい子がみんなと食べる大切なおやつなら
残しておきます。
マリーの愛は
他の誰とも並び立たないなどと
けちなものではないわ!
ライバルがいたってかまわない。
マリーが最後に勝つに決まっている──
永遠に一緒にいると決めて
雨の日も嵐の中でも離れないと
それだけを確信している愛。
だからまあ、世界中の
半分くらいのチョコレートが
フェルゼンのために用意できる分になるかしら。
だけど、ごめんね。
ホタお姉ちゃまにも話したんだけど
まだ小さなマリーでは
たくさんの数の計算もできないし
両手に抱えて運べる量もまだ少ない──
チョコをとっておく小屋も建てられないなんて!
設計図はできているの。
屋根の上で元気な青空が見張りをする場所もあるし
完璧なのだけど。
マリーの年齢だけがネックなのよね。
とはいえ、恋に年の差みたいな問題は付き物!
それくらいの壁があるほうが燃えるくらいだわ!
いつか──もうすぐ。
年なんて何一つ問題にしないで
マリーの全ての愛を乗せて届けられるような
宇宙より大きなチョコレートだって用意してみせる!
でも、それまでは
この小さな手作りがマリーのせいいっぱい。
気持ちを込めて作ったから
ぎゅうぎゅうのハートがずっしり詰まっている。
一口で愛は伝わるはずなの。
一口食べるたびに世界中の全部にも負けない幸せが
胸の奥に広がるチョコレート。
まだマリーが小さいから
今年がフェルゼンの一生で一番のバレンタインでは
ないかもしれないわ。
でも、きっともうまもなく
誰も知らないバレンタインをフェルゼンにあげる。
約束よ。
・観月
恋はいつも、人の心をまともでないものにする。
歓喜に満ちる魂は
独占欲を育てる卵の殻となり
視界を塞ぐ目隠しにも変わり
内側から歯を立てて
それまでの生活を貪る。
一人の人間の歴史に刻まれる愛は
決して何もかもが
飾り文字の行儀の良いものばかりではなく
記録されることすら毒となるとしても
たとえわかっていても
狂おしい感情を制御できた者は
白き月の照らす人の世に一人としていないはずだと
そこまではおそらく言い過ぎか。
ふふ……一人くらいは
呪縛から逃れて真っ当な生活に戻った人間もあろう。
わらわのあてもなくふらふらする物狂おしさに
そのような人の命がどうも思い浮かばないというだけのこと。
人の心を震わすのは
いつの世も──
たとえばそれが人間の在りようを思わせたり
必死に生きることの戯画化であろうとも
常に人ばかりが誰かを動かし
愛もまた、この激しい感情とは
人がそこにいることによってのみもたらされるとしか
わらわには言いようがない。
あまりにも鮮やかに人を作り変えてしまう
それはあるいは呪いか、
または獰猛な攻撃であるか
それともさまよい魂が
戻るべき寝床を形作るただ一つの材料でもあるような──
そこにあるのは人のみで
わらわの目の前にあるのは
ただ一人──
心が弾む日は
兄じゃだけを思って時を過ごしたくもあるな。
・さくら
さくらの好きなものは
くまちゃん
おさるちゃん
たのしいおうた、
いいおどり。
おどりをおどると
お兄ちゃんがおおよろこびなの。
さくらのおどりはかわいいな、
うれしいな、
お兄ちゃんがわらうよ。
あれっ!
じゃあ、いちばんさくらが好きなのは
お兄ちゃんだな。
なーんてね。
もう、さくらしってたよ!
バレンタインには
お兄ちゃんにチョコレートをあげます。
さくらの好きなものをいっぱいいれたら
おいしいチョコレートのおいしさもふえる。
よろこんでもらおう!
さくらが見つけたおいしい味はどれかな?
なんだろうなー。
はるかおねえちゃんは
チョコレートにいちごをいれていたの。
かわいいいちご、まっかないちご。
まんまる大きないちご。
さくらもいれたいなー。
ホタおねえちゃんは
パイナップル。
あまいし、きれいだし
まるくてまがってるし
よさそうね!
さくらもまようなー。
うららおねえちゃんは
ラズベリーだって。
ちいさいつぶをぷちゅんとかむと
ひろがるあまさ。
まだちょっとすっぱい。
うららちゃんの好きなもの。
いちばんおいしくできたのを
じぶんのためにとっておくんだって。
そうしたらうららちゃんも
うれしいバレンタイン。
なるほど……
さくらもそうしようかな……
ううん、だめだめ。
さくらのいちばんを
お兄ちゃんにあげるの。
というか
うまくかたまらなくて
へんないろで
ちゃんとしたの
ひとつかふたつしかできないから……
よし!
おいしそうなのを
お兄ちゃん。
どうぞ!
さくらの好きなものいりですよ。
チョコレートにいれたなかみは
ぎゅうにゅう。
あったまるって
お兄ちゃん、よろこんでいたでしょ!
さくらがチョコをつくると
お兄ちゃんはにっこりしておどりだす。
さくらのほうが
よろこんでおどるのが上手かも!
しろくじちゅう、うたっておどるさくらは
お兄ちゃんといつもいっしょのいもうと。
こんど、おどりをおしえてあげるね。
・虹子
おにいちゃんは
こどものときにしかできないことって
なにがあるかしっている?
なんだろう?
それは、すきなひとにぎゅーっとくっついて
すきすきー、と
いうことと
にじこのことを
すきですきで
すきになれとねがうこと。
おおきくなったら
はずかしくなるんだって。
ふしぎだな!
いいことだよ。
そんないいことを
はずかしがったらいけない!
あと、おとなになったら
すきになってもらいたくてくっつくのも
わるいきがするんだって。
えーっ!
おおきくなると
にじこがおにいちゃんにくっつかないなんて
しんじられない!
でも、おねえちゃんがいうのなら
こどものいまのうちに
さんざんすきになっておいて
もっちろんおもいっきりすきになってもらわないとね!
にじこはどうして
こんなにおにいちゃんにくっつくことをしっているの?
なーんか
しらないうちにそうしている。
あっ!
わかっちゃった!
おにいちゃん、いつもにじこを
すきすきなの。
そうしたらにじこが
あーっというまにおにいちゃんをすきになるの。
おとなになっても
できているの!
おねえちゃんたちは
ぜんぜんできなくて
でも、むずかしくても
がんばらなくちゃっていってる。
むずかしい
にじこをあいすること──
おにいちゃんは、わかっているんだね!
やったー!
にじこのおにいちゃんでよかった!
すてきなおとながいてくれるって
ちがうでしょう?
おおきくなったら
おにいちゃんになる!
にじこはまいにちそういって
おおきくなっていくの。
・青空
ちょこれーとは
おいしい
たのしい
おいしいなー。
しかもうれしい!
ゆきがふるふると
ケーキがでてきて
おもちのひ。
ゆきんこあせかき
とけとけて
どろっどろのおにわにすると
ちょこれーとが
どこもかしこも
とりほうだい!
あと、みかん。
そらねー
ちょこれーとすき。
ごはんもすき。
おいしいもの
まぜまぜようねって
みんないってるよー!
おいしい
ちょこいれまーす。
ごはんのうえにのっける。
わ!
おいしそー!
せかいでいちばん
おいしそー!
もっともっと
いいもののっけよ。
そらのすきな
ふりかけ。
そらのすきな
おにいちゃん。
みんな。
ちょこもってにこにこするの。
あっちもこっちもちょこのあじ。
ゆびなめてー
かおなめてー
おさらなめても
ちょこはでてきてなくならない。
いっしょうたべても
ちょこがおわらない
そらのおうちだよ。
おにいちゃんにあげる!
ちょこやまもりで
おにいちゃんのまわりで
みんながうれしいな。
そらのいちばんすきな
さむいおへやは
みんながあつまって
ちょこたべるとこ。
そら、はしるのはやくて
せかいじゅうはしってわかった!
ここは
おいしいものしかないおへやだらけ!
ひがあたるよ、
ちょこのやまがくらすおうち。
そらの
おうちでーす!
やったー!
・あさひ
わーい!
うちゅっばー!
ぶうっちゅうー!
んー
ううーん
んばっ!
でええーい!
ぽーうっ!
どおおおおーん!
ぶちゅぅ!
うわわいっ、わーい!
(おにいちゃんのおくちに
チョコレートをなげこめ!
みんながそろって
あまいものをかかえながら
おにいちゃんのところに
ゆくひだよ。
あさひ、みていたからわかるもん!
それいけ、ホタからもらったチョコレート!
あさひ、なんだかたのしいな。
もうチョコレートないから
あさひがとびこむよ!
それーっ!)