ヒカル

『スポット』
小さい頃から何にも考えず
家の中を走り回っていたらしい。
なんにもおぼえていない頃のことだけど
思いっきりぶつかった跡の傷が
廊下のほうに残っていて
これこれ、
まったくヒカルはやんちゃだなって
言われ続けてきたから
たぶんそうなんだろう。
まわりのみんなの心配も知らないまま
公園へ出ていったり
小学校の校庭で
相手がどんなに力自慢の男の子だって一歩も引かないで
ぶつかっていった私の
15年くらいの歴史。
短い時間なんだろうけど、それは
ことごとに出会う相手に
おすもうでは負けないくらいのそれなりの体格をくれたから
みんなに心配をかけたのは心の中で謝りつつ
でも、悪いことばっかりでもないんだと
そんな話を聞いてくれる人がいたらいいなあとも思ったりする。
出会ったらいつもおすもうで決着をつけることは
最近はあまりないんだけど。
いや、だいぶ前からぜんぜんないかな?
まあ我が家が誇るパワー代表だったといえる。
それがある日、
お正月気分も抜けてきたのどかな午後に
先輩たちの練習試合の都合で
道場の掃除を早めに済ませて
今日のところは一年坊主は解散ということになったら
たまに早めに帰ってきた家の静けさにびっくりした。
子供たちは外に出かけてしまったあと。
年長組も、ゆったり買い出しの日曜日。
なんということだ。
いちばんうるさくて困らせてばかりいた私が
やけに広さをかんじる家の中で一人きり。
手持ち無沙汰で体を伸ばしている。
いったいいつから壁にぶつかって傷つけなくて済むようになったんだろう。
自分はずっとその頃と地続きのつもりでいたのに
廊下を走り回る気分になれない。
慣れない考え事をしてみたけど
たぶん、体が大きくなって
家の中が暴れまわる場所ではなくなったということだろうか。
走るのでなければ、そんなに広くなくてもいいもんな。
つまり今では
小さい子と手をぬいて遊んであげるくらいしか
家の中でできることはないわけだ。
それはつまらないな!
元気しか自慢できるものがない私なのに!
どうも、このごろぜんぜん
同じくらいの力の相手というか
オマエと遊んでやれなかったようだ。
悪かったな。
ぜったい力をもてあましていたに違いない。
私にはわかる。
見境なくそこらじゅうにぶつかって
どったんばったんしない人生なんて
どこにもあるものか。
毎日力を競うのって忘れがちでなかなかできないものだ。
いつもこんなに近くにいるのにな。
これからは寂しくなりたくないから
私も、顔を見たら腰を落としてぶつかっていくくらいにするよ。
最近あまりゆっくり話す機会がなくて
物足りないような気がしていたのは
運動不足が原因だったんだな!
何もすることがないと
頭に思い浮かんだ顔があったから。
二人で、もっと大暴れをして怒られなくっちゃいけない。
私たちはそれくらいでちょうどいいよ。
ぽっかり空いた時間で
私がそう決めたんだ。