氷柱

『円環の廃墟』
たとえばもし今、ひとつ願いが叶うとして。
私にできないことを成し遂げる力を持った誰かが
助けてくれるとして。
そうなると私はやっぱり──
たぶん、同じ部屋で楽しそうに手芸の本を眺めている
蛍ちゃんみたいに
これからの季節、寒さをしのぐ厚着をてきぱき作り上げるため
猫の手も貸して欲しいーなんてにこにこしたりは
とてもできないような気がするわ。
もこもこ着膨れしなくてもいいくらい
センス良く自作を利用してまとめてみたり
日の落ちた道を歩いて明かりが灯る家にたどりついたときに
椅子に並ぶ背中といい香りのする湯気をいつもの毎日にしたいとか
そんな、そういう──たぶん、とても大事そうなことは何一つ思いもしないで
自分よりも頭がよくって
なんでもできる人を作り出して
あとは全部よろしく、
私にできるわけがないことをどうかよろしく、と頼んで終わり。
かわくて立派な蛍ちゃんたちのお手伝いや
うるさいわがままな子供たちの上手な遊び相手とか
あとは、いつも笑顔で周りを明るくするような役目を
新しく生まれた理想的な人に頼んで
願いは全て終わり。
そうしたら私は
騒々しいことからも、面倒なことからも全部解放されて
好きなことだけをして
誰にも気付かれないまま歳をとり、消えていくの。
ただ、子供のときと同じような夕焼けを見たときなんかには
昔のことを思い出し、一緒に過ごしていた人のことを考えたりして
きっと幸せになっているように、
つまらない私なんかはいなくても
何もかもがうまくいっていますようにと
願いでも祈りでもなく
みんながそうして過ごしてくれているのがまるでぜんぜん当たり前みたいに
少し頭に浮かべるだけで
すぐ忘れる。
そうなったら
誰にとっても文句のない世界なんだと思うけど
でも、願ったくらいではなんにも叶わないって知っているんだから
自分でそれなりに自分を磨いて
かわいくなくてつまらなくて口うるさい
理性的でそこそこなんでもやっていける氷柱になっていくしかないわ。
もしかしたらそんな多少は立派な氷柱も
知らない誰かの願いで生まれた理想そのものの
作り物かもしれなくて、
誰かの思い通りに動いている人形かもしれないけど
私は、どうせならもう少しちゃんとしたいって
そう考えて、ずっとこれからも面倒くさいことを考えていて、
だから、もしかしたらそのうちいつかは
願いが叶わなくても
少しは理想に近づいた私になれるかもしれないと
淡い希望を持っているんだなって
なんだか、日に日に早く夜が更けて長い一人の時間を過ごすと
どうでもいいことばかり思い浮かぶんだなーとか。
本当につまらなくて
誰にも興味を持ってもらえない氷柱しか
今はいないのね。
だったら夕凪がみんなに呼びかけている無謀な計画みたいに
冬休みのレッツゴーハワイ作戦にでも参加してあげるほうが
まだ有意義な過ごし方よね、きっと。
まあ、今からおねだりをしたところで無理だと思うけど。
いいんじゃない?
何にも知らないで好きなことを言っていられるのは
あのくらいの頃までだから。
私と違って愛嬌はあってかわいいんじゃないの。
知らないけど。
ま、せめて話だけは聞いてあげようかな。
きっとなんでもできるはずだからみたいに
誰だって叶わないに決まっている願いの一つや二つ
持っていても悪いことじゃないんだから。