夕凪

『おばけがやってくる』
ひええーっ!
めっちゃめちゃ
こわかったよぉー!
最近のお裁縫の技術ってすごいんだね──
おうちの廊下を歩いていた
ハロウィン衣装の試作品。
あれ作ったの
ホタお姉ちゃんしかありえないよ!
家族で一番の腕自慢、
かわいくて夕凪にも優しいお裁縫名人。
世界中のどこにもいないまじめな働き者!
熱中しすぎて燃えるあまりにお顔をちょっと赤くしちゃう
きれいなお針子さん。
実力がありすぎるせいで、まさかあんな
言葉にもあらわせない恐ろしい魔物を作ってしまうなんて!
こういう時の表現を何にも知らなくて
夕凪は自分の国語の成績がうらめしい!
もう、すっごくすっごくすっごく
ちょーちょーとんでもなかった!
とにかくどえらい!
狭い廊下の
じっとり淀んだ暗がりで出会ったおばけはなんと
目を吊り上げ
牙をむき出し
角はトゲトゲ、
腕は四本も五本も伸びて
ぼろぼろの着物からのぞく白い骨、
首の周りを取り囲む逆立った毛並み。
わんわんうなり声を上げて
鼻から二筋の炎を吹き出し
夕凪を見つけたらぐーっと背が伸びて
山よりも大きくなった!
もう、あわてて逃げてくるだけで精一杯で
うっかり光の速さで加速するマホウを使うのも忘れてた!
ゆるしてーって言いながら走って逃げてきたよ。
お兄ちゃん、夕凪は食べてもおいしくないよね?
だから、そういうふうに
おばけが来たら言ってやって!
あと、夕凪はお兄ちゃんが守るって言ってやって!
はー、かわいい夕凪が
こんな若いうちに食べられちゃったりしないでよかった。
お兄ちゃんもそう思うでしょ?
えっ?
狭い廊下なのに
どうして天井を壊さないで山よりも大きくなったのかって?
さあ、なんでだろう……
最新の映像技術とか?
怖さのあまり大きさを見間違えたとか?
それとも、もしかして──
あの、観月ちゃんが言うには
おばけの季節がやって来たと思って
ハロウィンのかぼちゃおばけとは特に関係のないおばけが
最近、すごく元気に暴れているみたいだよ……
そもそも、わらわたちのまわりにはいつも
見守ってくれるよいものや、隙を見て襲い掛かろうとするいけないものなどが
良い子たちのまんまるな目には見えなくてもいっぱいいるのじゃ!
とかそんなお話。
ま、まさか──
きゃーっ!
かわいいホタお姉ちゃんの腕がすごすぎると言って!
そういうことにしてーっ!
はー。
夕凪、大きくなってお裁縫が上手になっても
おばけの仮装はぜったいお手伝いしないんだからぁ。