氷柱

『ものわすれ』
えーっと──
忘れていることがあるような気がするんだけど
なんだったかな。
このところ、暑くもなく寒くもなく
過ごしやすい気候が続いているせいで
ついうっかり夜更かしをすることも増えた。
ぜんぜん平気だと思っているのに
寝不足で頭がうまく回らないなんてこともあるのかな。
気がついたら、どちらかというと寒さが勝る夜もあるから
疲れが溜まっていると良くないのに──
でも、忘れていることはそういうのとは違うような。
まあいいわ。
もしかしたら、いろいろ鈍感そうで寒さも気がつかないような下僕も
知らないうちに夜更かししすぎるかもしれないから
いいことをひとつ教えてあげると、
大事なことを思いついたら
手間を惜しまずに手帳にでもメモをしておけばいいの。
ただでさえ家族が多いとあれこれ予定がいっぱいなんだから
こうやって時間をうまくやりくりすること。
とっても役に立つことを教えてもらえたわね。
うれしい?
スケジュール長をさっと取り出しても
不自然にならないくらいの大人にならないとね。
ほら、この私のように。
えーと、どれどれ?
今日は十五夜のお月見の日。
なんだって。
って、わざわざメモを見直さなくたって
それくらいは覚えているわよ!
そんなことまで書く必要ないのに……
こういうあれこれかこつけて大騒ぎできる日は
ずーっとキッチンのほうがにぎやかなんだから。
子供たちはいつもと違うメニューの気配を感じたら
すぐに集まってわいわいうるさい。
どんな触角を持っていて匂いをかぎつけるのかしらね。
大人になってから取り外し可能でなかったら
無駄な情報量が面倒くさくて困るアンテナがくっついているの。
だから必要な行動は
これ、ここにメモしてあるとおりで充分だと思うわ。
なに?
遅くまでお月様を見てはしゃいでいると
夜が暗くて怖い子がいるかもしれないから
心を和ませるようにお月様やお団子でだじゃれの一つでも考えておくといいんですって。
ああ、ふうん……
そう……
ま。そんなことも少し考えた……かも。
どうやら、思いついたことを何でも書いておいたらいいというわけでもなさそうね。
あなたも小さい頃は暗いところを怖がる子供だった?
みんなの後ろに怖がって隠れて
覚えているのは月の光よりも
ずっとへばりついていた背中だけ、みたいな──
でも一つや二つ上の子に隠れたって、たいして大きさは変わらないし
あんまり心強くもないように思うけど
昔は違ったのかなぁ。
下僕はもう
ぐんぐん体ばかり大きくなって、もうどこにも隠れるところがなくなったのは
まあちょっと大変そうかもね。
そんなの私の知ったことではないから、
そうね、隠れてみた感じを確かめて報告くらいはしてもいいわ。
もう怖いこともあんまりないけど
せっかくなんだし、ちょっと背中を貸りてあげる。
別に期待はしていないけどね。