『夢を見た』
冷たいばかりじゃない風が
吹いてくるようになりました。
北からの厳しい寒さだけじゃなく
だんだんと
どこか遠くから
届くようになったの。
まだもう少し
ぽかぽか陽気には物足りないけど
走り込みを終えて帰ってくるヒカルちゃんが
昨日よりもやさしく
安心したような顔をしている日を
またもうひとつ重ねると
季節はもう
すっかりいい気候になっているのかな、
のんびりゆったりとした気持ちを運ぶいい頃に──
などとぼんやり考える
明るい日差しの下です。
自分のペースで汗をかくのが
気持ちのいい頃になってきたみたい。
もう肩を丸めて
冷え切った手に暖める息を吐く必要も
なくなってきています。
まだ全然でもなく
たまには震えたりしますが
まぶしい日に誘われて歩き出すことを思う
そんな時も増えてきているかもしれない。
恐ろしい凍える冬、
みんなで身を寄せ合って過ごした冬。
長かったような短かったような
いろいろと印象の強い激しい季節にも
何かやり残したことはないか。
そして、これからやって来るのどかな日に
なんとなくぼんやりと期待していたことを
今になって忘れたりしないで
全部を形にしていけるのでしょうか。
蛍はたぶん、さわやかに走るよりも
最初から急ぎ足についていくようにとあまり気を使わず
ふいに懐かしい景色に会いに行きたくなる感じで
歩いてみるのが好きなの。
たぶんそう。
だから
せっかく気持ちのいい風が吹いても
遠くまで行かないですぐ歩いて帰ってきます。
道に迷ったりもしないくらい。
もう少し無謀で元気があふれていたら
知らない場所に迷い込んで
心細くなっているところをお兄ちゃんに迎えに来てもらうのだって
ありえたのかも。
今年の春、もっと小さい蛍がいたら
それもできたかもしれないけど
もう中学生ですもんね。
うきうきの気温に誘われても
帰り道がわからなくなることは
たぶんないので
お兄ちゃんにお迎えをお願いもあまりできないようです。
暖かな日が来たというだけで
もしもの時のテレホンカードといくらかのバス代だけを持って
一枚の鳥の羽みたいに身軽に出かけていけたら
本当はそれだけで
旅のはじまりなのかもしれないのに。
できたらいいなと
想像だけはしてみるお話。
本当は寄り道も少なく
蛍は街の景色を歩いて眺め──
花が咲く香りがしたら
そうすると、すぐに満足して帰ってきます。