『重装甲』
蛍の指先から
手品とも魔法とも見分けがつかない
驚異の速さで
マフラーは生まれ
ぐんぐん育ち
私たちの襟を守る長さになって
そして私の部屋へ持ち込まれる。
冬場の防寒着は
いくらあっても困らないとは言ったが。
確かに、体を動かすよりも
つい読みかけの本に集中して
空いた片手で足を擦ったりする時間が多いのは
おそらく家の中では私は上のほうだと思う。
ナンバーワンを主張できるとは考えていない。
表彰台にのぼる三位までにも果たして入るのかどうか。
だが、蛍ができに納得がいかず
増殖を続けるマフラーを有効に活用できる
臨機応変の防寒術が使えるのが私であることは間違いないようだ。
たくさん巻いておけば
寒さで集中力が途切れたりしない。
コーヒーでも用意しようかと気が散ることもなく
長い夜を有意義に過ごせる。
うとうと眠気と戦って
互角のはずだった勝負が
いつの間に背に回りこまれ、隙を突かれたのか
ネ落ちしていた自分に気がついて目覚めるときも
風邪を引く危険な可能性は
ほんの少し軽減できているような気がしなくもないレベルの厚着。
このように世間の常識に左右されず
実用性を求める能力は
タンスに適当にしまいこんだはずの服が見つからない悲劇を伴う場合もあり
確かに多くのマフラーを必要とするものだ。
しかしこれほどまでに厳重にぐるぐる巻いていたのでは
そんなに私の首は全力で守るほど大事なものだったかなと
疑問を感じるときもある。
これでは機敏に動けないのではないだろうか。
突発的に開催されるおやつじゃんけんに参加するときはどうしたらいいんだろう。
しかしまあ、必要があったら
きっと私たちのことを守ってくれる我が家でただ一人の男の子が
王子様のように現れて
私を助け出したり
好きなおやつを届けてくれたりするはずだ。
なぜあいつは
こんなにも私たちのことが好きなのだろう?
守りたくてたまらない
そんなふうに生まれる生き物を男の子と言うのだろうか?
私たちがたまには殊勝に御礼をしたい気分になったときには
どうやってもらった気持ちを返していけばいいのか。
ふむ。
きっと必要なときには思いつくはずだ、
まあ今はそういうことにしておく。
多少は都合が良くできていると考えなければ
いつかは終わりを迎えるこの世界で
やりたいことがなかなかできなくなってしまいそうだから。
そういえば、やりたい限りを尽くし
突き進み続けた蛍は
どうやらひとつ目的を果たして
私の弟の首に暖かそうなマフラーを届けた。
うーん、いくらじっくり見せてもらっても
私がたくさん作ってもらったよくできているマフラーとの違いは
よくわからない。
しかし蛍がこれでいいと決めたのなら
思い込んだらどうしても止まらなくなってしまう元となる
幼くも思える真剣な
目には見えないどうやら愛情とも呼べるものを
ひとつのマフラーの形にとどめることには成功したんだな。
頑丈なのか?
色がいいのか?
それとも軽くて使いやすいのか?
貸してもらって比べるには
私は少々、行動に必要なだけの鈍感さが足りないのか
知らないふりをしてやってしまった後に
蛍が怖いような気がしているのか、まあそんなところだ。