『365歩』
お兄ちゃん!
今日の蛍の失敗を聞いてもらえますか……
話せば気持ちが軽くなるかもしれない。
知られてしまって後から後悔することは──
お兄ちゃんに蛍が隠し事をしても仕方ないから
あまりに聞き苦しい話でもなければ
明かしていく方向で進む本日は。
あの。
ほら。
この先、急に寒くなるという話ですね。
気温の変化は
上がったり下がったり急激なの。
揺れる乙女心の
不安と喜びに支配されるような……かな、いや、まあともかく。
お兄ちゃんは気がついてしまったでしょうか。
霙お姉ちゃんや
ヒカルちゃんから
星花ちゃん、ユキちゃんをたどって
マリーちゃんや観月ちゃん、さくらちゃんたちに至るまで。
蛍の手作りとしては珍しい
スポーティな傾向のデザインでラインを引いた
すっきりとした柄と落ち着いた色合いのマフラーを
みんながおそろいでそろえているということに。
そして……
お兄ちゃんの前で
蛍が情けなさそうにうなだれているということに。
どうも蛍は
動き出す瞬間にあまり考えないときがあるようで
まず真っ先に浮かんだお兄ちゃんが寒そうにしている幻を
なんとか追い払うため
まずは作っているうちにアイデアも浮かぶでしょうなどと
見切り発車ではじめたんです。
あみもの──
作ると早いんですよ。
自慢するほどではないけれど
できるかできなかでいったらおまかせくださいという感じの
ちょっとした特技なのかもしれません。
あのね。
蛍は
お兄ちゃんに似合いそうなマフラーのアイデアがたくさんあるんだけど
まずはシンプルなほうが使い勝手がいいかなと
作ってみました。
興が乗ってきて
いくつも作ってみて
一番良くできたのを使ってもらえたらいいかも?
そんな欲望のとりこになり。
気がついたら
どれを渡していいか迷うまま
自信作がなかなかできなくて
結果、みんなに配ることにしました。
だってどうも
お兄ちゃんにあげる一番の自信作は
上達して、本気を出せばぜったいできるような
そんな予感でいつも作りはじめるのに
糸のどこかに予感は取り残されて
また次に作るものが
一番になりそうな感覚が膨らんでいくんです──
そうしている間に
気がつくと
寒そうにしている子たちの襟元を北風から守るため
だいぶマフラーが行き渡っていました。
春風ちゃんや小雨ちゃんは自分で用意しているのを見ているから
渡してはいないんだけど
このままこれという自信作ができなかったら
ああ──
必要なくても受け取ってもらおうと甘えているうちに
肝心のお兄ちゃんが一番最後になっちゃうよ!
たくさん作って慣れてきたから
次こそはいけそうな感じが
どんどん膨らんでいるの。
ぜんぜんゴールには辿りついていないけど
近づいている気がするような──
こういう状態の人間を
一日一歩の
三歩進んで二歩下がるって言うのでしょうか。
それとも
進むペースと
忍び寄る不安になる気持ちが釣り合って
プラマイゼロのままなのか。
あの、お兄ちゃん
あと一日だけ待ってくれませんか!
お兄ちゃんに一番似合う服を作れるのは
いつも蛍でいたいから
どうしても無理な困ったお願いばかりを──
聞きとどけてほしくなってしまうんです。