『天使』
お祭りは終わった。
物語は終わりを迎える。
シンデレラのもとには
必ず12時の鐘の音が鳴り響き
魔法は解ける。
氷柱もまた、かつてそうであった通りに
すっかり甘いものはお断りとなった。
もう戻ることはないのだな。
あの怖いもの知らずの夜は。
ハロウィンという都合のいい隠れ蓑も消えた。
燃え盛る太陽へ巡礼に向かう彗星のように
形も残さず、跡を留めず。
いや、まだ甘い香りが浮遊している気もする。
はたして、宇宙の定めに従ってエントロピーが増大し
全てが形を成す記憶の檻から解き放たれるのはいつの日か?
ところでここに
甘い匂いが残る一枚の紙片がある。
かすかにココアの香りがするな。
記されている文字は
誰も読み取れるものはいない。
規則的に並ぶ未知なる形象。
あのパーティーのさなか
誰が書いたものかたずねてみても答えはなかった。
すぐそこの棚にしまっておいたが
いったいこれは……?
何者の、どんな意図があって?
そういえば時に子供は
大きくなって難くなった頭ではわからない理由で電撃的なひらめきを放つという。
私たちの家には
青空がニュースを見て勘違いをしたとしても
忙しい宇宙飛行士がやってくるわけはないが
もし、この星でもっとも色とりどりにお菓子が踊る瞬間がこの家にあったのならば
あるいは偶然かその瞬間を知ってか宇宙のどこかから
人類のまだ見ぬ友人が手紙を送り届けることも
直感で探り当てたのかもしれない。
やはり
どうだった?
と聞かれているのだろうか。
また来年もしてみたいことや
何かこまごまと反省を残す点もあっただろうか?
などと。
そうかもしれない。
よく見ると──
絵のような文字のような形の列は
私たちがきのう食べたかぼちゃやおいもやプリンのケーキの形を思わせて
その後に続くのは、みんなが思いつきでさまざまに希望していたいちごや人形や花飾りに見えるし
皿に盛られたときに転がりすぎたチョコの形の改良案もあるようだし
数が多く用意できなかった人気の品を分ける切り分け方とも取れる図も見つかり
裏を見ると学生用のテスト用紙のようでもあるし
百点満点の数学のテストに似ているし
名前欄の文字はよく知っている名前の走り書きにも似ているし
並んだ落書きのおしまいには
私もあの時に言おうとしていたのと同じ感謝の言葉のひとことを
ごちゃごちゃした線で消そうとしている努力が見て取れるから
きっと何かの不思議な力で書かれたものに違いない。
この手紙に返事を出すのは
騒々しいあのパーティーを過ごしたものとしては当然考えることではあると思うが
なんとなく私よりもオマエのほうが適任だという気がするからそうしよう。
しかし、ハロウィンの魔物が仕掛けた罠で
素直な返事を利用して来年のいたずらに備えようとした可能性もあるから
どのように伝えるかは任せる。
深い意味はまったくないが
氷柱にくれぐれもよろしく。
では、何もわからない文章を残した友人に
私たちはこの場所で元気だとでも伝えておいてくれ。
百点を取るとはえらいな、がんばっているな、とも。
遠い未来、光の速度でも追いつかない距離を越えて
心が一瞬また繋がろうとして
やがて宇宙のどこかからまた返事が来たら面白いだろうな。