ヒカル

『ターゲット』
あれっ?
どこかから視線を感じるような……
家の中で
誰かがこっちを見ている?
そういえば
放課後の、最近は急ぎ足になりがちな下校の途中も
首筋をそっと冷たい感覚が撫でていった気がする。
ただ寒くなったからなのか
風邪気味なのかと思った程度なんだけど。
後になって考えてみたら
あれは今と同じ
野生の獣に狙われている感覚だったのかもしれない。
うーん。
最近は下駄箱に手紙が入っていたりもしない。
部活動に見学に来て
握手だけでその場でぽろぽろ泣いてしまう子もしばらくいないし
別の教室から来たらしいドアのあたりで行ったり来たりする見慣れない顔もここ数日はない。
もう日が暮れて肌寒くなる時間には
うちの学校の生徒も早く帰るようになったみたい。
わざわざ部活で遅くなる人をまちぶせする季節でもないだろう。
だから今度のことも
漠然とした想像だけしてみると
どうも同じ学校の生徒のことではなさそうだ。
やっぱり気の早いおばけが勇み足でお菓子の甘い匂いにつられたに違いない。
だってハロウィンの話をしていると
いきなり視線が熱を持って挑みかかってくるような感覚がする。
いや……自分で気にしすぎているだけかもしれないけど。
椅子に座ったらよじのぼってくる虹子を膝に乗せて
棒の先のキャンディや色がついたグミについて
それぞれのこだわり、というほどでもない単純な好みを思いつきで語っていると
謎の視線を感じる方角から
ハロウィン……
ハロウィン……
たのしいハロウィン……
おばけのでる……
そう、私も聞いたことがある。
恨みを持った幽霊は
その一念のために残るのだと。
江戸時代のお話で
もしも死したのち恨みを晴らすというなら、それを証明するために
首を切られたら庭石に噛み付いて見せろと言われ
刀を振り下ろされた罪人の生首は転がり──
確かに石に噛み付く怨念を見せ付けた。
しかし、ここには首を切りおとす武士の役人の計略が秘められていて
庭石に噛み付くことだけを考えていたのだから
死後、恨みを抱いてあらわれることはない。
はたして役人の言葉の通りになったという。
ああ……そういえば
蛍に何度も言われていたけど、希望の仮装が思い浮かばなかったんだ。
落ち武者か。
ざんばら髪で
月代も青く
雨に打たれて憔悴した顔。
絶望の淵にあるのか
再起を図ろうとしているのか
内心は、そのうなだれた凄惨な姿からは誰も読み取ることができない。
これはおそろしいぞ……!
問題はといえば
私は別にそこまで無念そうな顔をするほどの敗北は
どうも最近思いつかないから
あまり真に迫った仮装ができる気がしないことかなあ。
パーティーで暗い顔をする理由なんか何もなくて
なんかかっこよさそうっていう
ミーハーな思いつきだし。
つまり当日になったら
陽気な落ち武者が
部屋の隅からうれしそうにオマエを見ているわけだ。
面白いと言ってほしいのか恥ずかしいのかは
あんまり言いたいこともなさそうなその満足した顔からはわからないという……
うーん、でもやっぱり恥ずかしそうかも……
ともかく、思いついたからには早めに伝えておこう。
蛍が予定している候補はひとつひとつ聞くだけでおそろしかったから
たぶん先にものすごいあばけたちに会って
ハロウィンを待ちきれなくて遊んでいるんだ。