夕凪

『風物詩』
むしむしする暑い夜
しっとり暗い真夏の夜に
似合うのは
こわいはなし!
何しろ窓をとんとんと叩くような音や
遠くの悲鳴みたいに聞こえる声が聞こえるたびに
ぞくぞくっと背中が涼しくなる。
普段気にしていない小さい音に反応しているだけだっていうけど
おばけがいないなんてもうわかってるもの!
そんな子供じゃないしさあ、
作り話だとわかったうえで
こわがっているんですうー!
ぷんっ。
だから、お兄ちゃんも説明はおいといてこわがるのがいいよ。
夜寝る前にはちゃんと位置を戻しておくのに
毎朝いつもなぜか背中を向けている人形だとか
そんなことが実際あったって霙お姉ちゃんのいたずらか
しってる誰かの仕業だろうということは
すぐわかる!
ありえないんだから。
でもそれはまた別の話なの。
こわいはなし……
こわいよねーっ!
きゃーっ!
ひゃあーっ!?
と。
そんな手の込んだお話を考え出してまで
怖がらせようとしてくれる──
これはいいぞ
ぞぞーっとなる!
みたいな。
隙間風が鳴るような雰囲気。
だいたいそんな感じ。
部屋をちょっと暗くして
明かりは下に置いて
顔を寄せて小声でぼそぼそ
ぱちっ。
ぎゃー!
ちなみにさっきのは懐中電灯を消したスイッチ。
わかった?
では
そろそろお兄ちゃんも夕凪たちの怖いお話
聞きたくなってきた?
あるわけないって言ってても
でも、遠く離れていなくなってしまう人の声が
距離を越えて親しい人のところまで届くなんて話は
ないない、
と思っても
でもあったとしたら
ありえないことが起こってみたら
それは怖いとしても
悲しい話やつらい話じゃないな、という感想。
そんな話もあります。
考えてみれば
夕凪が学校で一日を過ごし、もうすぐ放課後を迎えるときに
お兄ちゃんの顔が浮かんで、声が聞こえるような気がするのは
遠くにいて夕凪に会えなくて元気が出ないお兄ちゃんが
今に倒れそうになって
どうしても伝えたい最後の言葉を──
お別れと、感謝の気持ちと幸せの願い
その全部を
本当なら越えられない距離を越えて夕凪のところまで届けようとしたからなの!
うわーん、お兄ちゃん!
あきらめないで、もうじき会えるよ!
はいっ!
お休みは毎日あえてうれしいねえ。
よかったよかった。
っていうのとだいたい同じ話でしょ?
いやー、夏休みがあってよかった。
お兄ちゃんも元気だし。
夕凪の顔を見るだけでそんなにうれしいなんてっ!
もちろんお兄ちゃんのところにも毎日放課後
くじけそうな夕凪の最後に伝えたい声が届くでしょう?
だいじょうぶ!
夕凪、あんがい丈夫だし
急いで帰ってくるときは
車に気をつけて、落し物の内容に落ち着いてだよ。
旅行に行ったら買い出し班と家事担当で離れてしまうかもしれない。
せっかくの夏休みなのにもったいない!
だからそんなときは
夕凪がいなくて寂しくなる前に会いに来てください。
いつもよりもっと仲良しになるための旅行!
刺激的な時間ばっかりのはずの旅行。
テンションが上がって
楽しくなって
ふだんなかなかしない
走っていくみたいな抱きつき方をしてしまっても
それはお兄ちゃんや夕凪がわるいんじゃない。
夏らしくおばけか何かがいけないの。
だからいいんだよ。
困ることなんて今の季節にはなんにもないだけのはなし。
じゃあ、いつか離れられないあまりに少し過激すぎるかもしれないときがきたら
そういうことでよろしくね!