綿雪

『ゆめまぼろし
少し冷たい風が吹くころ
ユキは人より体が弱いこと、自分でも知っているから
なるべく気をつけて一枚重ねるようにして
凍えてしまわないように
白くて細くてちょっと心細い指先がしみるまで
冷えてしまわないよう
できるだけ。
だってあんまり冷たくて
なくなってしまうかもしれないでしょう?
氷みたいに解けるまでいたくても
人間だからやっぱり
風邪には注意!
だったんです。
このごろ春にしては寒くて
重ね着も重いままだと思ったら
あるときとつぜん
ぱーっと日が差して
やっぱりもう
春は来ていたんだ!
なんだか前からときどきそんな感じはしていたから
もしかして?
でも、思い込みかなあ
早く暖かくなってほしいあまりに。
だって春が訪れてきれいな桜が咲いたら
お兄ちゃんと河原沿いの道をどこまでも好きなだけ歩けるって
待っていたから。
いい子にして、がんばってなるべく元気でいられたら
そんな春が絶対にすぐやって来るって思っていたから。
もしも無理だったら、ぜったい今すぐでなくてもいいけど……
なるべく早くがいいから。
だってユキは
まだこどもなんですもの。
腰をすえて我慢はニガテです。
長い目で見た未来なんて──
遠くすぎるよ!
やだやだ……
だめなんてつらすぎる。
はやく。
どんなに早すぎてもユキは困らない。
桜が満開になったら
いい香りがする春を歩けると
前から決めていました。
ゆずらない!
ついについにやって来た良く晴れた日は
勢いがつきすぎてちょっと熱くなりすぎたけれど
ユキはいっぱい汗をかいたって
溶けて消えたりはしません。
暑すぎたら体にわるいからだめなんて面白がってからかって
大人のひとはじょうだんばっかりで
うそつきなんだから!
いくら病院通いが長くて世間知らずでも、そう簡単にだまされたりしません!
あれ、でもお兄ちゃんも大人だけれど
うそなんかつかなくてやさしいね。
うーん?
あっ、そうだ!
つまりこれは
ユキが寂しくて
お友達がほしかったら
お兄ちゃんがユキと仲良しになれたら
同じ年みたいに近くにいられて
生まれた日なんか関係なく
子供っぽいユキといてくれる
と、いうことなのかしら?
うん、まちがいない。
だって一緒に手をつないで歩いていると
胸がいっぱいで
四月になってから日が差す道を歩くのが遅れたって
なんにも気にならない。
よかったな、ってそれだけ。
ぼんやりしたみたいに
他に何も考えることができない。
花びらがひらひら、きれいな気持ちのいい日の
眠気のせい。
ふふっ
まだ子供っぽいふたりは
遠くまでなんて行けないんですから。
ベンチを探して少し休むんだよ。
お兄ちゃん。
こんなときは、木陰だったらいいな──
まだ暗がりは少し冷えた風が通り抜けていっても
いっぱい桜が咲いたら
もう二度とひとりになんてならないんだから
きっとあたたかい。
だから少しゆっくり休んでいっても
まだ生まれたての春の中にいて日暮れが早くたって
なんにもかまわないですよね。
なるべく泣かないでいたら
幻みたいに冬は終わったから
もう悲しいことはなにもなくなってしまいました。
ずっと手をつないでいるよ。
へいきです!