『かわいさマックス』
溶かして
固めて
冷やして
包んで
開いて
食べる。
なぜそんな面倒くさい手順を踏むのかと言うと
どうも適切な温度を調節しながら調理することで
口当たりが滑らかになるからなんだって。
それって、最初から口当たりが滑らかなチョコを買ってくればいいだけだと思わない?
謎の存在クーベルチュール
最初はダークマターって喜んでいた霙姉様も
途中でいなくなって
また現れたと思ったらつまみ食いをしている。
作るほうも食べるほうも楽しくなるなら理想的だけれど
食べ物はおもちゃじゃないんだから
キッチンで遊んでいないで
お料理の後は後片付けを済ませてちゃんと終える。
そのへんのけじめはしっかり心がけないといけない。
もうだいぶ無事にチョコ製作を終えた子から
一人また一人とキッチンから消えていく中
あまり手先が器用じゃない私とあと何人かと
おなかをすかせてあまりを狙う子がひしめくキッチン。
何かの悪い冗談?
年下のみんながリビングに戻ってメッセージカードを真剣に書いている。
ときどき歓声が上がったりね。
大騒ぎでも、もう止められないだろうっていうくらいはしゃいだ声。
また口を結んできりっとしながら包みを選ぶ作業に戻っていく。
一方その頃なぜか手元のボウルでは温めたチョコがハラハラと力尽きたように崩れ始め
必死でボウルをお湯に浸しても祈りも空しく──
なめらかな口当たりのとろけるチョコレートは目覚めてすぐの夢みたいに
はかなく幻と消えていく。
砂漠の朝に生まれた氷のバラ、
強い北風が届けた山奥の妖しい子守歌。
二度とつかめない手のひらからこぼれる──闇と生まれたダークマター
作り慣れないバレンタインチョコってそういうものね。
だいたいもらうほうだってそんなにチョコになめらかさを求めないと思うの。
味のことでうるさく言わない感じだし。
まあ、そんな小さいことでうるさく言うような人だったら
そもそもめんどうくさくなってあげないだろうから
まあこだわらないらしいのは別にいいんだけど……
いや、そんな人でもあげるのかな。
春風姉様も蛍姉様も優しい人だし
チョコを作れたら楽しくて仕方がないって人もこの家には多いようで
かわいいトッピングや包装に凝るのも大好きだという意見もあり
完成したチョコに白い雪を降らせようと
本来なら必要もない努力を重ねようとしたがる子まで現れ
さらに追従して同じことを試してみたいと飛び上がり主張し
私はもうなんだか
どういうことよ? と不思議に思うのも疲れてきたわ。
世の中、理屈で説明できるものではないわね。
訓練すれば必ず上手になるという希望も幻想とわかった。
結局、人はぎりぎりに追い込まれつつ
どうにか妥協点を見出していくことしかできないのね。
いちおう明日いっぱいはまだ蛍姉様……先生のお料理教室は開催中。
もっとかわいくていちばんの努力の結晶をあげたいと願うなら
いつでも受付中だそうです。
あなたは──興味ないわよね。
私もそこまでかわいくなくちゃあっていうわけでは──
でもできるなら
許されるなら
行くところまで行ってしまってかまわないというのだから
中途半端で妥協するのも必要なんだろうけど
それも気持ちが悪いものだから。
現実的には最後の最後まで来てしかたなく
妥協して終わるのは目に見えているような気がするけど
あなたは信じられる?
今日の成功の分を予備にとっておいて
まだ作りたいという子が次々と現れるなんてこと。
何もさんざん失敗したわけでもない人に言っても仕方ないか。
どうせあなたも仮に気まぐれで挑戦してみたらわりとうまくいって
私を置いていってしまうの。
もっとかわいいものを作ってみたいなんて言いながらね!
話を聞いた様子では、予備を残しておくのは
どうも自分の食べる分も確保したい欲望から来るようだから
かわいさってそういうものなの?
という疑問。
だからもしもあなたが
チョコを少し多めに渡されるようだったら
半分でも、もうちょっとたくさんでも分けて渡してあげたらいいのかもね。
あ、だけどそれだとあんまりいらないみたいで
せっかく作ったのにってなるのかな。
私がこんなこと悩んでも仕方ないか。
とりあえず、明日に向けて胃腸は大切にね。
明らかに見た目からして失敗作だったら
作ったほうもすっかり残さずおいしそうに食べてほしいとは……
あんまり思わないこともあるかもしれない……のだから。