ヒカル

『かすり傷』
暇があったらどこにでも出かけては
すぐ治るくらいのすり傷をつくって帰ってきて
海晴姉や春風たちに心配をかけていた頃。
ばい菌が入ったら痛くなるのも
言われなくても知っていたし
気をつけていないわけじゃないんだけど……
知らないうちに傷がついていたんだからしかたない。
どうも夢中になってしまうことがいっぱいで
子供だから、おもしろい色や形に気を取られてしまって
楽しんでほくほく帰ってきたら
すりむいたところを見つけられて
救急箱がぱかっとひらいて広がる消毒液の独特のにおい。
とはいっても
マリーがよく泥遊びをして鼻の頭まで砂をつけて帰ってくるような気がしていても
おしゃまなマリーは汚れるのが好きじゃないから、
実はそんなによくあるわけじゃない。
なんとなくいつものような気がしてしまうだけ。
あのくらいの年頃は誰でも一年中
体ごと全身を使って遊ぶのが大好きだからな、とかそんな感じ。
だから私も別にいつも怪我をしていたわけじゃなくて。
ちゃんと運動神経はそれなりにあるほう。
ほんのちょっとだけ怒られたときの記憶が多く残っているだけで
家族会議ではよくヒカルのわんぱくさが心配されていたと
今でもみんなが言うのは
それが少し印象に残っているだけのこと。
いつもじゃないはずだよ?
それに友達が楽しそうな遊びをしていたら
ひっこんでいるわけにはいかない、と熱くなるのは
小さい子なら普通にあるから……
私だけじゃないよ?
心配ばかりかけていたの。
だから例えば夕凪が
寒くないように着こんで言ったはずがなぜか半袖になって
いばらでひっかいた擦り傷をほこらしげに
救急箱を探してあたりをかきまわすと
ヒカルちゃんからも何か言ってやって!
あらっぽい心配な子供でも
ちゃんとした落ち着いた大人になれるんだから!
と、なぜかこっちに引き渡されて
きらきらした目の夕凪が、こっちを見て春風を見て
遊んでくれるの?
かまってくれるの?
みたいな顔で待っているところに
そう言われても知らないうちに大人になったんだし
どうすれば?
みたいに腕を組んで考えてしまう。
横から霙姉が
どうもその場の気分で口を出すときには
まだヒカルは手がかかる子だからどうかな、
みたいな……
そうかー
私はまだ別に落ち着いた大人じゃないんだな、
そんな気は少ししていたけど……
まあ、大人になれないものならそれはそれでいいか!
元気な妹の指導役とか難しいことより
どうせコーチの立場なら、楽しいことを教えてあげられるほうが
ちょっといいかもしれない?
ということにして。
……
だから今でもちょっとした怪我をしてしまうのは
普通にあること。
落ち着いた雰囲気の大人じゃない
あんまりじっとしていられない性分。
なんだか
もったいないような気がして!
怪我がすぐ治るうちはまだいいんだけど
頭の中が何かと忙しく回転を続けていると
注意散漫になることはあるじゃない?
お気に入りのごはん茶碗は
自分の一部みたいに手のひらに馴染んでいても
割れてしまったらもうこの手には戻っては来ない。
元に戻らないんだ……
いきなりテレビに映ったあつあつおでんに気を取られたせいで
ああ……
よく食べるやつと一緒に行ったらこれは大変なことだぞ、なんて
そわそわむずむず
紹介しているお店の場所を気にしていたから。
長い付き合いだった相棒。
こういうの、さっぱりと割り切れると思っていたのに。
何のダメージなんだろうか?
これも寒さの増す今の時期らしいアンニュイというやつなのだろうか。
秋の別れ……
寒い雨がしとしと降り続き
色のない枯葉が道を覆う季節。
でも落ち葉は眺めると意外と面白いものだな。
足元ばっかり見つめて工事中の看板にぶつかるとかあるけど。
雨がいけないのかな……
寒さのせい?
茶碗が割れても、怪我がないなら良かったねくらいで
気にしていなかったやつの
のんきな顔が悪いのかな。
オマエと行く想像があんまり変だったのが原因なのに。
まわりのあれこれに気を取られすぎて
今度は本当に怪我をしてしまう前に
お風呂に入ってぷかぷか目を閉じて
何にも考えないで、あたたかく眠くなるのを待つだけの単純な生き物になれるように
寒い夜にはそれだけを願って
休んだら。
後のことはもう何もかも
あれこれ忙しくすることじゃなくて
いつか落ち着いて、その後になってからのこと。
眠くなるのに任せたら
あとは明日の休んだ体が何とかしてくれるということにして
まったり解決できたらな。