観月

紅葉狩り
兄じゃ!
兄じゃ!
テレビを見たか?
聞いておったか?
お得な話題。
ふだんから観光の人が多い
きよらかな景色ひろがる京都の町は
いま注目の紅葉の地。
人が少ない時間に静かにゆっくり雰囲気を楽しむには
朝早くからお出かけすると、人気のお寺もすいているという。
ちょうど観光客でにぎわうこの時期、
時間も早めに拝観できるところもあり
あらかじめ調べてから出向けば……
古い町並みに残る
今も昔も変わらず人の心を動かす景色を
二人だけのものにすることもできるというぜいたく。
このような機会はなかなかないことじゃ。
狙って確実に得られるものではない喜びだが
もしそのときは
うまくいくと良いな──
まあ、わらわのおうちでは旅行の計画など
まだひとっつもなーんにもかけらもないので
人の混雑など
いらぬ心配じゃな!
もみじを見たかったら裏山に手を伸ばせば届く場所にある。
ちいさい園児たちと
さらに小柄なちびっこまでが
指先を伸ばして
広がる枝の一つが枝垂れ、やわらかな指先が触れるほどそばに。
落ちている葉をさがして
面白い形があったら持ち帰ることもできるし。
ちゃんと家に戻ったらきれいに手を洗ってうがいする良い子なら
ひとつひとつしまったお気に入りのおみやげを見せて
喜んでもらえる時間だって
いっぱいあるはず。
寒さに気をつけてさがすぞ!
楽しいことばっかりなのじゃ。
さくらはこのあいだ
小雨姉と、歌いながら赤い色の葉を見て歩いたので
紅葉狩りは歌うもの、と
虹子にも青空にもきちんとまじめなお顔でひとつひとつ
はい、こんなふう。
こんなうた。
お山ではくまさんが聞いてる──
まだもうちょっと
秋の実りが豊かな季節。
あともう──
おいもがおいしく
おでんもおいしく
山で取れるから
きれいな葉っぱを捜す子供たちの歌は
きれいな歌、だと教えてもらったという。
確かその話を
小雨姉じゃからも聞いた気がするが
あれは山で冬眠前の体が大きいくまさんに出会ったら大変なので
ここに人間がいます! と知らせるのだと言ったら
さくらはよろこんで
くまさんが聞いてくれる!
人間来たよ!
うたってるよー!
聞いてる?
ややかんちがいしたかもしれない?
あえて聞かせに行くつもりではないし
くまさんも歌が届いてばかりでおどろかないか
お山のほうを見ながら
うわのそらで妹のわらわの頭をなでつつ
説明してくれたあれが原因だったのではないかと思う。
まあ、裏のお山にはくまさんは出ないな。
このへんによくあらわれるのは
冷たい風の精。
このごろ、びゅーびゅー息を吹きはじめるようになっているのを
兄じゃも肌でびんびん感じているであろう?
なんだかえらいのが棲みついてしまったようじゃな。
でも、長い人間の暮らしにはそういうこともあるからな。
わけのわからないうちにどんどん寒くなってしまいがちだから
お出かけできないときは無理をしないでぬくぬくするのがいい。
こたつがいちばん──
と主張する声もあれば
秋の味覚があればこそ、の意見も熱の入った音声でとどろく。
ちびっこたちの歌が
まもなく、冬遊びの歌に変わっていったら
山がすっかり寒さに奪われる前のわずかなすきまを
二人きりで見つけるのも。
狙ってどうにかなることではないが
もし叶えば
ちょっとおもしろい体験になるかもしれぬ。
落ちた木々にかくれながら
顔を赤くする臆病な冬の魔物たちに見られてしまう。
おそらくそれも
寂しい風が吹きはじめた季節の醍醐味のひとつであろう。
わらわが兄じゃをこっそり連れ出そうとしたら
ちゃんと雰囲気を合わせて静かについて来てくれなければならぬぞ。
訪れるかどうかもわからないひそかな逢瀬。
今はただ、あまりあてもない願いでしかないのだがな。