真璃

『透明な風の中で』
いつもだったら、冷たくて荒々しい風が裏山のほうから吹き降ろしてくると
こんなに強い風を起こすのだから
怖い天狗が住んでいてもおかしくない山なんだって観月と話すの。
背の高い下駄に乗った天狗の長いお鼻を
ぐっと手を伸ばして捕まえてみたいのは確かだけど
そんなことされたら天狗も困ってしまうもの。
ちっちゃいからってマリーも観月もレディなんだから
礼儀はきちんとしなくっちゃ。
もしも出会ったらまずは挨拶はきちんと。
社交界の基本よね。
このごろ続いていた激しい風の日は
マリーもそんなふうに立派な態度を妹たちに見せてあげられるように
風なんかに怖がっていられないと心を決めていたけど
今日は穏やかでどこにも天狗があらわれる気配もなく
ときどき小さな雲がおひさまを隠していくとき
一瞬だけ降りる暗がりの世界にあやしい気配の予感がするだけ。
ほとんど風もないお天気で
日差しは優しくて
のんびりのどかすぎて
嵐のような永遠の恋を貫く運命のマリーには珍しく
ちょっとまったり。
神様が贈り物にくれた静かなお休みの時間、って気分ね。
こんな日でさえもフェルゼンのまわりには
ちっちゃな子たちがあそんであそんでってとびはねて
勝手に将来を心配したりもしているのだろうけれど
でも二人を結びつけている愛を信じて待つのも
いつも変わりない幸福をお互いに伝え合うのと同じくらいに
遠い距離に離された恋人たちの大事なお仕事だもの。
マリーの幼稚園と
フェルゼンの高校。
おうちに帰る時間も違えば
日々に重ねるさまざまな経験も違っていて
したい遊びもまた全然別になってしまう。
愛だけを求め続けるマリーの情熱と
まだ遊び盛りの妹たちの相手をしないといけないフェルゼンとでは
自然におうちのお手伝いも違うものになってしまうの。
お庭で面白い葉っぱを拾ってきてあげたいマリーと、子守りのお役目のフェルゼン。
色づいた葉が、寒さに揺れる切ない心みたいにはらはらと落ちては積もり
足の下でカサカサ悲しく乾いた音をたてるたびに
あなたは今ごろどうしているのかと
遠い山の向こうに向かって思いは飛んでいく。
傷だらけの翼を必死に羽ばたかせるように
苦痛に耐えて、それでも止まらず夢中になって。
まあ、今のところフェルゼンは山のこっちのおうちにいるし
何をしているかってお部屋にいるわけだから
マリーがちゃんと掃き仕事のおそうじとお花の水やりを済ませてしまえばすぐ会えるのであって
太陽でさえもあたためられない身を切るようなこごえる寂しさに震えているより
ちゃっちゃとまじめにお仕事をするほうがずっと早く会えるのはわかっているの。
観月も今日ばっかりはかくれんぼのおばけを探して
不自然に暗い木陰をのぞいたりしないで
マリー姉じゃも遊んでないではりきって
今日は観月の得意なおそうじじゃ!
まー!
生意気言うようになっちゃって!
一歳違いはずいぶん大きいものだし
まだまだかわいい妹だと甘やかしていたらこれだもの!
ほんとに小さい子の成長って早いものだわ。
ずっと先を歩いていたお姉ちゃんのつもりだったのに
明日にも追い越されそうなくらい大人っぽい
思いがけないことを言うのよ!
もう──
いったい誰に似たんだか。
まあ、やることはちょこちょこかわいらしい
おままごとみたいなおそうじだったけれど
がんばっていたんだから、フェルゼンも褒めてあげてね。
マリーがコツを教えてあげて
本人も真剣に聞いているんだから
みどころはあると思うわ。
とりあえずマリーの妹らしく、ちょっとくらいのことではくじけない根性はあるみたいだし。
たーっぷり時間をかけて
どこにお嫁に行っても恥ずかしくない
立派に恋を貫けるかわいらしい女王になれるよう
じっくりと教育をしてあげるんだから。
かわいい妹であり
女として磨きをかける道を並んで進む仲間で
恋のライバル。
厚い友情で結ばれた二人は
がんばって家族の誰より刺激的な花嫁修業をして
密かにお互いの存在を認め合いながら
これからも成長していくの。
マリーがぼんやりしていた分
今日のお手伝い女王の座は譲ってあげてもいいわ。
でも決して負けないと決めたものだってある──
それが女の生き様!
幼稚園の年長さんと年中さんであっても
二人は大事なものを知っている。
たくさん教えてもらっている毎日だものね。
お互いからも、同じ恋する相手からも
二人のかわいい妹たちからも
ちょっと口うるさいお姉ちゃんたちからだって
マリーは学んで大きくなるの。
明日はフェルゼンを一日そばにおいて離さないでいてもいい方法を
観月と協力し合って探さなくちゃ。
まあ、その後にこっそり相手を出し抜くことがあっても
それもまた恋の駆け引き。
マリーもまだまだ成長中で
いろんな技に目覚めはじめて
観月と一緒に、愛しいフェルゼン目指して背を伸ばしてだんだん大きくなっていくの。

明日こそはフェルゼンと二人きり愛を語らうときを狙って
やや無謀な願いと知りながらも!
どうしたって、あきらめるなんてできないものね。
嵐の中でも穏やかな光にふんわり和む日も
乙女たちの挑戦はいつでも続くの。