星花

『迷い道』
もしも帰るまでにおなかが鳴り出す
そんなときのためにキャンディを一人が一つポケットに用意して
旅立ったいつもの道。
昨日はお手伝いがあって別行動だった夕凪ちゃんと
氷柱お姉ちゃんが一緒について来てくれて探す本日の目標は
見慣れた町にあった珍しい発見を、もう一度確認に。
遠回りをして見つけた普段行かない公園の
中央にそびえる高い木は
さきっぽから徐々に葉っぱの色が秋の装いに変わりはじめていたけれど
まだまだ緑の勢いをふっくらと残す広がりに
ジージーすさまじいセミの声。
昨日は夏が戻ったみたいに暑かったお昼のあと。
吹雪ちゃんは今年も何度も旅を共にした白い帽子の小さなリボンをつかんで
真っ盛りの頃よりはずいぶん過ごしやすくなったみたいだって
それにしてもちょっと赤くほてった顔でまわりを観察していたの。
やったー夏みたいだーって跳ねる立夏お姉ちゃんと
もうそんなに厳しくならないでほしい吹雪ちゃんと
二人の間に挟まって、吹雪ちゃんが置いていかれないように歩幅をあわせていた星花とで
珍しく久しぶりに暑い日だということではぴったり意見が揃った午後だったから
たぶんそれが理由なの。
今年の夏、どこに行ってもなかなか聞いたことがないほど強烈なセミ
山ほど集まってびっしり鈴なりに
まだ緑が映える木の中央あたりに密集しているらしい。
そうとでも考えなければとても追いつかないほどすごい声。
あるいはまた、この木にこそ今年いちばんのセミの主が住んでいて
おうちのほうや学校のまわりでそんなにえらいことになっていたーって覚えがないのは
この見知らぬ公園で、強いセミを中心にした大きな王国を作っていたからでは?
いや、もしや今まさにこの夏最後のセミの王様を決める
腕自慢……のど自慢たちの?
ゆずれない力比べが行われている真っ最中なのだろうか。
吹雪ちゃんを中心にして分析をしても
なんと言っても説明がつかないほど
すさまじい鳴き声のシャワー。
落ち着いてものを考えることもできないくらいだから
木を見上げるだけの小さな人間たちには
どれだけ話し合ったところで答えは出ないのかもしれない
まさに夏一番といっていい大音響。
みたいな話を、帰ってからみんなとしたので。
単にこのへんでセミが鳴いていたのはだいぶ前だから忘れているだけじゃないの?
久しぶりだから大きな騒ぎに聞こえただけでしょ、
という説をとなえる氷柱お姉ちゃんと
ぜひ見に行きたい夕凪ちゃんを連れて星花が道案内。
吹雪ちゃんは、きのうの道程が暑かったからゆっくりしたかったみたいだし
立夏お姉ちゃんはお兄ちゃんを捕獲して放さないようにお昼寝をはじめたら
もうどうしても動かなくなってしまうし
曲がり道の角にあった目印のお地蔵様までたどりつくのは星花に任されたお仕事。
その屋根の色も黒く年季が入った小さいお堂の
歴史を感じさせる古い石像。
石の熱伝導率について説明する吹雪ちゃんが
こんなに暑い日でもいい感じの日陰で心地良さそうなのを
そっと触って確かめながら
ついでに涼んでいたあのお地蔵様へまっすぐ。
直行したはずだったんだけど
実は、件の公園は、
なにもセミの声とは関係なくみんなの学校の間でも噂が聞こえているらしくて
めったにたどりつけない入り組んだ場所にあるかわりに
もしも見つけたらちょっと見ない奇観が広がっていることがあるという。
古いおもちゃがよく忘れられたままになっているとか
珍しいきれいで上品ないろんな色の猫がよく集まるとか
公園の回り一帯、見渡す限りにまんまるい二段重ねの雪だるまが並んでいるとか
いろいろ!
お兄ちゃんとお姉ちゃんたちの学校にも、あの地域から通学している生徒は多いのに
謎の公園の場所を詳しく知るものはなぜか多くないという。
不思議と迷いやすいんですって。
夏らしい大胆なセミの声をたどる道のりは
今日は、灰色の曇り空がお昼過ぎから空を覆ってしまったので気温がぐっと下がって
結局どこからも聞こえる気配はなく
静かなお顔をしたお地蔵様のお堂も、夕日が落ちるまでずっと見つからないまま。
またお天気が戻ったら、今度こそセミの王国を見つけ出すことができるのでしょうか?
それともあれは本当に今年最後の蜃気楼みたいな夏の幻だったのかなあ?
逃げ水の揺らめく景色から
実体を持ったセミの声が聞こえるなんて話はありえないですよね?
その正体をついに捕まえる日が
あとわずかな連休の間にやってくるのかわからないけれど
夕凪ちゃんが乗り気だし
あんまり遠出が得意じゃない観月ちゃんも見に行きたいっていうし
同じ町にあるんだから
いつかは謎が解けるものなのかなあ?
氷柱お姉ちゃんと吹雪ちゃんも地図を作ってくれているの。
複雑だなあって曲がりくねった線をいくつも引いている、難しい地図。
うーん、星花もわかる地図にしてもらえるのかな……
少し地図帳を見直して練習しながら明日のリベンジに備えます。
あともう少しの間だけでいいから、セミの声が大きく鳴り響く夏が
通り過ぎてしまうことがありませんように!
お空の上にいるお天気の神様は
道案内のお地蔵様みたいな優しい顔をしているのかははっきりしないけれど
頼りになるかどうかはともかく
今は星花は祈るばかり。
別に公園を見つけたからっておかしなことばかり怒るとは限らない
普通に何事もない、楽しいお散歩にしてください!