『大きな声で言えないこと』
たとえばもしも、あの昔の原始時代にリッカが生まれていたとしたら
洞窟のおうちで待っていられなくてマンモスを狩りに
オニーチャンについて行っちゃうのが普通だと思うし
木の実を取りに探してもいつのまにか遊んでいるほうになりそうだし
お肉を焼くのも不注意で危ないし
集中力がないから焦がしそう。
でしょ?
毛皮を着物にするお仕事の途中で
オニーチャンを見つけに出かけてしまって
気がついたら迷った果てに
茂みで出会ったサーベルタイガーにおそわれ
間一髪で逃げ延びるか
助からないか……
ふー、
昔に生まれないで安心だった!
でも、もしも運よく逃げ出せる
星のめぐりの良い力があったとしても
たぶん帰ってきてから氷柱ちゃんに叱られてしゅーんとするのは
昔も今も変わらない気がするヨ。
台風が来たらあちこち路地裏までまわって
水がたまってる!
川になって超流れてる!
さわいでいるうちに遅くなり、怒られる定め。
ラッキーガールでもそれは普通にある。
くつがえせない運命なのじゃ!
人間はいつになってもおろかな生き物なのであろうか……
それともリッカだけなんだろうか。
台風が近づく日には家族で一番おそく
なかなか落ち着きが身につかない悪い子。
まったく!
この子は!
背ばっかりすくすく大きくなって!
人の気も知らないで……
本格的な大雨が来たらどうするの!
泣いてもだめ!
反省すること!
立て続けだったので
もうリカは
心配かけた……
悪いことした……
いけないいたずらぼうずのリカはいないほうがいいんだ!
悲しくて悲しくて
怒らせちゃって、生まれてきて一番悲しい思いで
こんな悪い子でゴメンね
怒らせてばっかりでゴメンねー!
うえーん!
……
やさしい氷柱ちゃんは
反省したなら
大丈夫だから落ち着きなさい!
で見逃してくれたよ。
昔っから反省するときは素直なんだって。
リカのいいところ。
氷柱ちゃんが、ちゃーんと褒めてくれた。
そっかー、昔からかー。
昔からリカはやっぱり何度も叱られて
悲しい思いをして泣いてばっかりいたんだなあ……
これは自分でも
反省するところだ!
それで、オニーチャンは聞いた?
台風の雨が強くなるのは明日にかけて。
今度こそ、大雨のおそろしさを胸に刻んで
寄り道しないで早く帰らなくては
リカはそれはもう
反省がないって怒られて
やったー今日はわりと早くお説教から解放されたー
みたいな許されない感じになっちゃうじゃん?
まあ、ちょっとはそう思ったんだけど……
でもこんな感じでまいにち続いたらいけない!
せめて反省した次の日くらいはちゃんと早く帰ろ、
今度こそ迷惑かけたらいけないって
決意したから。
あんまり堂々と宣言したらだめだけど
やっぱり大雨でわーってなったら
興奮してしまうかもしれない……
まっすぐ帰れる自信が
ないわけでもないけど
胸を張って、明日は絶対悪い子なんかじゃないって言い切れるか考えたら
これはどうも
できれば信頼できる立派な誰かに
近くについていてもらったほうが確実かなあって……
氷柱ちゃんは、今日はもしリカの帰りがもう少し遅かったら
一応傘とかっぱを両方準備してから出かけて
どちらかを渡せるようにと準備をしておいたらしい。
たぶんかっぱは身に付けていけば手が空くから傘を渡そう、と計画していたという。
すごーい!
お姉ちゃんじゃないか!
リカも来年はこんなに頭が回るようになる!
無理な気が少ししても、なりたいから絶対なる!
でも氷柱ちゃんは慌てて用意したから
かっぱもビニールのかわいくないやつで
もー氷柱ちゃんはいつもこういうのだなあ
女の子らしくおしゃれを気にしてもいいんじゃないのー?
みたいにアドバイスしてあげたら
あなたのせいでそれどころじゃ
なかったんでしょうが!
怒らせちゃった。
うえーん!
リカまちがったこと言ってないけど
さすがに悪かったとは思ったよ……
というわけで
これくらいで怒らないオニーチャンが
放課後にやさしくエスコートしてくれたら
無事に帰ってこれる気がする。
喜んでついていく!
リカしっぽをふって
ちゃーんと追いかけて
こっち見に行こうなんて誘う、首輪の紐を引っ張る犬みたいになったりしない!
オニーチャンのことすきだもーん。
いい子にするのが苦手でも、ちょっとは希望が持てるのではないか?
好きな人がいたら。
って、思ってくれるでしょ?
かわいい妹の一生に一度のお願いだと思うんだ。
いけないリカにも、まじめでやさしい子と同じ景色を
一度くらい見せてほしい!
そして二日も続けて猛烈なカミナリを落とされるのをどうしても避けたい!
こんなこと
頼れるのはオニーチャンしかいないの。
いいでしょ?
きまりね!
やったー!
明日の放課後に待っている、ふたりっきりのデートを
リカはもう今夜から眠れないほど楽しみにしてるからねー!