春風

『お迎え』
一家に一台。
あれば使いどころは次々と現れる。
電話はとても便利なアイテム。
使いこなせばきちんと役に立ちます。
お休みの間、会えない学校の友達と話もできるし
学校がはじまれば、いざという時、急に明日の連絡を回すときも必要。
それに、放課後になっていつも行き慣れない路線をめぐったために
帰りが遅くなりそうな小さな妹がいたら
秋の気配も増してきて、ただでさえ暗くなるのが早い帰り道に
今日はお天気も夕方からくもりがち。
こんなに心細い日は、家族に駅まで迎えに来てほしくなるに決まってる。
春風だって帰りが遅くなったら
泣きながら電話をして王子様を呼んでしまう子になって
困らせてしまうかもしれないの。
麗ちゃんは一人でも泣いたりなんかしないえらい子です。
だから春風が勝手に
もしも自分だったら寂しくて仕方がなくて
もう公衆電話の受話器にしがみつくようにしてお迎えをお願いするに違いない、
そんなに悲しい一人ぼっちの状況になってしまうなんて
春風は今すぐ飛んで行って
ぎゅっと家まで手を放さないで帰ってきてあげるの!
帰り道もずっと一緒。
これから春風は愛する家族と離れないと誓います。
春風がいるからもう大丈夫って言ってあげたいの!
泣き虫でさみしがりの春風ではちっとも大丈夫じゃないかもしれないけれど
言うだけは言ってみたら
安心してもらえるかもしれないじゃないですか?
もちろん、全然安心じゃないって怒られそうでも……
でもいいの。
春風がいるよって伝えてあげたいの。
麗ちゃんのことを思っている。
みんなのことをいつも考えている。
今は一番王子様のことばかり考えている
出会いの運命という赤い糸に絡め取られた春風だけれど
王子様が家族なのだから何も問題はないわ。
うまくできてるな、運命!
春風は家族みんなのためにがんばります!
これでよし!
でも、そんなにすぐには駅に着かないかもしれないって話だから
早めに待っていてあげるのはいいけれど
そうすると春風は一人でさみしくなって
麗ちゃんも今ごろはつらいのではないか?
夜も寒くなって近くに誰もいないの。
震えてしまっていないか、って考えて
待ちきれないでそのへんを当てもなく歩き回って会えなくて
余計な用事を増やしそうな
あんまり役に立たないお仕事しかできないお迎えかな……
と心配なの。
小雨ちゃんが電話を受け取って
麗ちゃんの帰りが遅れる!
最初に聞いたときに
もう、心配かけて!
これはきっぱり叱ってあげないといけないかしら。
もう少し門限を厳しくしたほうがいいのかな、
そしたら麗ちゃんのことをいつも気にしている私たちを
ちょっとは安心させてくれるかもしれないものね。
とは考えたんだけど。
でも心配しているのは春風だけじゃない。
麗ちゃんも帰りが遅くなるつもりじゃなかったみたいだし、
怖い思いをして反省していたらそれ以上責めてもかわいそうだと思うの。
だから、海晴お姉ちゃんはこういう時
麗ちゃんのことが心配で黙っていられないだろうから
春風はなだめ役になって
麗ちゃんのことをかばってあげないと
きっと夜遅くの帰り道なんて怖いもの!
これ以上麗ちゃんを泣かせるようなことがあったら
きっと切ない……
先に海晴お姉ちゃんとお話をして
麗ちゃんもかしこい子だから私たちに心配をかけているってわかると思うの、
あんまり叱らないであげてほしい、ってお願いしておいたら。
そんなことしないから、
むしろびっくりしたような海晴お姉ちゃん。
自分が迎えに行くつもりだったみたいな顔で
ええー!?
春風ちゃんがお迎え!?
もう暗くなるから怖がるかなって思ってた、だって。
まあ……
誰でもいいからついて来てくれたらとっても助かるしうれしい……
くらいは考えていて。
一番頼りになる王子様に
こんな時に一緒に来てもらえるとしたら
春風はぜんぜん怖くなくなくなりそうなんです、
それを言うだけでも勇気が必要になりそうな
まだ冷たい夕方の風を受ける前から緊張でほてった感じがする自分の顔をさすったり
ひっぱったり
そんなふうに横から見たらちょっと気持ち悪いかもしれないことをしながら考え事。
麗ちゃんが無事に帰ってきて
春風も無事に戻って
よかったな!
という、幸せな夜。
春風だけでは難しそうかな、
一人では何もできないのかも、
春風に力をくれるのは家族のみんなで
今は寂しがっている麗ちゃんも春風の家族だよ!
海晴お姉ちゃんと話したの。
これから時間が遅くなって
どんどん暗くなるし
やっぱり王子様について来てもらったほうがいい。
でもそれは迷惑をかけるかもしれないとか心配することじゃなくて
麗ちゃんのために
こういうトラブルがあっても、力を合わせて一緒にできることがあるって
みんなで喜んでいいことで
たぶん王子様も同じ気持ちで
麗ちゃんを心配してくれる。
それは信じてもかまわないと
二人で玄関先にもかかわらず手を取り合って真剣に話していたところに
たまたま乗り継ぎがうまくいったからと
麗ちゃんが晩ご飯前に早めに帰ってきてくれました。
うん……
麗ちゃんも、みんなに心配かけてごめんなさいって素直にいえたから
お小言は控えめにして
今日は一安心の夜。
こんな騒動があったなんて知らないでのんきにしているみんなみたいに平気な様子で
はたして、麗ちゃんはここまで心配してもらっていたことを知っているのでしょうか?
それはもう少しお姉さんになったら気がつくのか
麗ちゃんのことだから、もう全部わかった上で
まわりに心配かけないように気を使っているのかな?
ともかく今日はいろいろあった気がして
一週間のはじまりなのに、春風は疲れてしまったみたい。
こういう時に王子様を頼って
元気にしてくださいってお願いしてもいいのかな?
春風をたちまち別の女の子のように強く変えてしまうこと。
暗い夕方、心配して家族を迎えに行くよりも
王子様にはとても簡単なことだと思いますので
同じ家にいて時間なんていくらでもあって
何なら、忙しいときにはちょっとすれ違う瞬間だけのお話でもかまわないから
もしよかったら、考えておいてください。