『自宅待機』
ヒカル姉さまがどこか遠くに気を取られているような顔でいた昨日。
朝、私が出かける前に気づいたときもそうだったし
帰ってきても変わらない様子で肩を丸めて小さくなって縁側に座っていたっけ。
外出していたみんながそろいはじめた頃からようやくいつもの調子。
ピシッと伸ばした背筋で自信ありげな足取り。
運動も勉強も毎日丁寧に時間を積み重ねている
学業とプライベートが充実した大人の顔。
私から見れば、彼方に遠いだいたい五年後の年齢。
こんなに背が伸びて顔もちっとも幼い感じじゃなくて
大事な目の前と、たぶんその先の未来を見通すこともできる光がともった瞳。
高等部一年生という、言葉にするだけで大きなお姉さんの響き。
いつかそんなふうに立派になれると、私たちも近づこうとする
遠い将来の憧れる目標。
家族全員が帰ってきたときから、その目が生き生き輝きだしたの。
やっぱり大事にしているのね。
遅いと責めるでもなく
ひとこと、おかえりなさいだけで受け止めてくれるの。
このへんも大人の余裕よね。
疲れたんじゃない? って気も使って
私が帰ったときはまだあんまり元気がない顔だったけど。
きっと家に全員が集まっていなかったからなのね。
うるさいちびちゃんたちばっかりの家に置いていかれてしまったら
それは私だったら、適当にあしらって
部屋に一人で戻って線路を敷く時間があればまあいいか、
年上が誰もいなければ怒られることもない。
そもそも私はそんなに散らかすほうじゃないのに
たまに好きなことをしたら怒られるのも理不尽じゃないかしら?
なんて、別にどうでもいいことを考えながら
ゆったり羽を伸ばせる時間を楽しむこともできるけど。
いじけたことを考えるだけだってもったいないって
一人の時間を有効に使いたい。
私だけの静かな家の中。
たまにはいいでしょう?
あんまりないことなんだし。
とまあ、いざとなったら一人でも、みたいに割り切ってしまうことだって
たぶん私にはできる……と思う。
普段はあんまり機会はないけど。
状況を受け入れる心構えくらいは私にもできるわ。
でもヒカル姉さまはなんというか
融通を利かせて臨機応変、みたいになかなかできない
真面目なところがある気がするって
見ていて思うの。
だから相談したら頼りになるし。
軽薄でちゃらちゃらしたところがないもの。
自分をしっかり持っている人がたまたま環境の変化で
寂しそうにしていたら、ちょっと心配になるわよね。
なんとなくのんびりするだけ、というのも苦手そう。
わからないけど……
たぶんそうなの。
特に理由もなく微妙に影をまとった悲しげー、なヒカル姉さまの伏せた目を
あなたも見たことある?
いつも鈍感な男の人みたいじゃないの。
私たちのことを大事に思ってくれているからだと思うわ。
そうよね。
晴れた休日、どこかに遊びに行けたら、
一人じゃなくて家族と一緒だったら。
ううん、一人でも気晴らしになるもの。
妹たちの変わってあげられたら良かったかな……
でも私も昨日は行きたいところがあったから……
誘ってあげたらよかった?
でも二人だけっていうのもね。
あなたみたいにどこに付き合ってもらってもわりと合いそうな
脳天気なタイプだと話は早いんだけど
別にあなたと行きたいところもそんなにないし。
せっかくの休日だからといって、ちっちゃい子たちを連れてお勧め路線を歩くというのも
フットワークに影響が出るから。
どうせ行くなら期待している範囲を
全部見て回りたい!
そういうシンプルな気持ち、わかってくれる?
誰にだってある感情だと思う。
どうせなら!
って。
妥協したくない。
楽しむならとことんやる。
だから昨日は私も一人だったけど。
うーん……
大きくなったらみんなを連れて
お姉様たちだって楽しんでもらいたいちょっとした小旅行、
身近な路線をめぐる
新しい発見の旅。
まあ、今は無理よね。
知ってるわよ。
ぜんぜん子供だもの。
無理に連れ出したって迷惑かもしれないなって。
でも行けそうだったら
私が見ている景色を見せてあげられたら、というくらい
望んでもいいんじゃないか。
だから昨夜は少し考えていたの。
もしヒカル姉さまや
お姉様たちや、うるさい妹たちがたまに暇そうだったら
私はちょっと足を伸ばしていける良さそうなところなら知っているから。
どこなら喜んでもらえそうかな、
考えてはみた。
ところで、今日はずっと雨が降って寒い日だったわね。
どこにも出かけられずに、みんなが家の中でわいわい。
家のどこにも、落ち着いた気持ちでのんびりできる場所がないほど
もうなんだかこういうのも慣れたからいいけど。
気持ちを切り替えるのも大事なことよね。
知ってる。
明日からまた学校ね。
新しい活動的な一週間のはじまり。
これ以上細かいことは言いっこなし!
で、何もかもきれいにすっぱり割り切れたら
私ももう少し大人っぽい気分になれるかもしれないわね。