氷柱

『ぎりぎり』
夏の最後の大イベント
この土日は、二日続けて商店街のお祭りの日。
今日は盆踊り大会で
そして明日はついにお楽しみの花火大会。
それなのに、朝までどうにか保った晴天はゆっくりと灰色の雲に覆われて行き
せめて夜まではもつようにって祈るように見上げていた子たちの頭上に
ついにパラパラと、やがて本格的に降り始めた雨。
雨空と一緒に泣き出したのは
お祭りのメニューにみんなをとられちゃうとか
迷子にならないように小さい子たちにお兄ちゃんをとられちゃうとか
浴衣を着せるのに張り切りすぎてしまうのがいけないんだとか
なにがなんだか
いったい楽しみなのかそうじゃないのかよくわからない告白をする蛍ちゃんが
小雨ちゃんと抱き合ってわんわんって。
なんで小雨ちゃんまで泣いているんだろう?
それにしたって
お祭りなんて、これから毎年あるんだし
いつもいつもこの日に必ず晴れるとは限らないんだから
雨で迎える夏休みの終わりだってあるものだと思うけど?
それはまあ、せっかくだからイベントの日は
いつも晴れているほうがいいに決まってるけど
そういうわけにも。
こればっかりはね。
無理なときは無理ってあきらめるのも成長のうちでしょ。
お祭りくらい。
花火大会くらいは
別に、どうしてもというわけでもないし。
わかるでしょ?
私の言いたいこと。
雨が降って泣いていたらきりがないの。
蛍ちゃんも一つ年上なのにな……
たまには私が守ってあげないといけないこともあるのかもね。
まあ、無理なら無理で、それでいいって説得しようとしたんだけど。
わかってる
わがままを言っても変わらないもの
わかってる……
って二人で。
小雨ちゃんはこれといってわがままは言ってないような?
聞いてみたら、自分の名前と関係なくても小雨でみんなが悲しむのはちょっと落ち込むからって。
それはわがままって言うの?
泣いてしまうものなんだ……
多感な時期の子だから、あるかもね。
女の子は繊細なもの。
たとえガサツな男が
雨は仕方ないってなぐさめても
まるで心を打たれはしない。
空虚に上滑りするだけの言葉が
厚くなる雲みたいに重ねられても
地上では特別なことなんて何も起こらない。
ああ、まったく切ない存在こそ男。
いてもいなくても変わらないなんて
いったいどこに意味を見出せばいいのだろう?
かわいそう。
蛍ちゃんと小雨ちゃんの周りをうろうろ
何にもできずに気休めをつぶやくだけの姿の哀れなこと。
これは下僕も後で落ち込みそうね。
私だけはせめて無意味といえども行動を起こしたことだけは褒めてあげてもいいかもしれない。
誰にも認めてもらえない生き物なんて悲しいものね。
家族というだけで、その存在を評価してあげる人が
私だけでもいていいのかもしれないわ。
……それで、
お祭りがはじまる夕方になったら、小ぶりになってきた雨はだんだん見えなくなって
晴れ間まで差してくるので。
もう立ち直れないんじゃないかっていうくらい落ち込んでいた蛍ちゃんたちは
浴衣の小さい妹たちと手をつないで
自分は時間がなかったから私服のままなのに
足元が濡れてすべるから気をつけてね、ってうれしそうに呼びかけて。
下僕と手をつないでるさくらちゃんたちにも。
これはいったい……
私一人、あれこれ思い悩んでいたのはいったいなんだったのだろう?
たかが雨くらいで
一番振り回された損な人間は
まったく、いったい誰だったんだろうと。
そんなどうでもいい疑問もあったけれど
家族みんながお祭りを楽しんでいるなら
まあいいか、って。
体まで染みこんでしまいそうなソースやチョコやわたあめの匂いと
雨に湿った空気でいつまでも暑苦しくて不快だった夕方の記憶も
シャワーでさっぱり流して
なんだか気持ちが疲れた一日に、はい、お疲れ様。
明日も天気ははっきりしないみたいだけど
めんどうだから明日は頭と体を休める日に決めることにする。
また時間がないなんて話になるのもうっとおしいから
天気がわからなくても早めに浴衣に着替えて準備しておくだけで
それだけ。他のことは何も知らない。
変わった何も起こらないつもりで、普通の夏休みらしい日を過ごすの。
大きな花火が夜空いっぱいに広がるなんて
たまには、そんな日があったっていいと思うけど
あんまり期待しないで
残り少ないお休みの日を楽しむくらいのつもり。
それ以上なんて考えるのは
経験を生かし、理性を持ち合わせる人間としてみっともないことだと思うから
もう知らないわ。