『うら悲しき』
本日は夏休み真っ只中の日曜日。
ふだんの日曜日には、ゆっくり落ち着いて乗れる静かな路線が
今日はいつもよりも混んでいる。
こころなしか車内も、冷房の効果は控えめ。
あーあ……
いつもこの季節にはうんざり。
でもまあ、あまり鉄道網を利用しない人たちが
この時期だけは私の好きな人たちとともに走り
暖かい声をかけながら、お互い差さえあっているの。
たぶんそう。
苦手な人混み、面倒なことも多いけれど
仕方ないわよね。
学生たちに平等に訪れる夏休み。
そのおかげで私が一人でいられる時間も増えるのだし。
日差しのまぶしさに
車体の青いラインも鮮やかに輝いている気がする。
プラットホームの熱気と、お気に入りの落ち着いた色の服が熱を集めるのは困るけど
今は夏。
電車は燃えるように焦げた軌条を踏みしめて走る。
彼らの気持ちを思うだけで、胸の中で燃え上がるもの。
この戦いを、私が目に焼き付けてあげなくては!
そんな使命感を持って見回すと
今日はやけに多く見かけた、涼しげな浴衣姿の女の子たち。
どこかでお祭りでもあるのかな、と考えていたら思い出したのは
出かける間際の立夏ちゃんの姿。
電車に乗るから途中で会うかもしれない、って。
浴衣じゃないけど……
お祭りを見に行くって言っていたような……
いや、浴衣だったかな?
よく見ていなかったけど……
でもそういえば、蛍姉様と話している声が聞こえてきて
近くのお祭りにみんなで行くかもしれないけど
今日、おこづかいがまるでないのもかわいそうだから
ここだけの秘密だよ!
ひみつ!
ひみつ!
ってこそこそしながら
虎の子をもらっていたっけ。
300円。
立夏ちゃんは跳ねて喜んで
かみさまーってあがめていたけれど。
いまどきのお祭りで300円って何が買えるんだろう?
立夏ちゃん、沈んで帰ってこないかなあ……
そしたら同じ部屋。
いつもはうるさい人が静かなだったりしても、気になるし
めんどうくさいなあ……
昨日の夜、時刻表を眺めて予定を立てていたのを途中でとりやめて
まあ混雑も暑さも予想以上だったし
日が傾かないうちに早く帰ったら
そしたら、庭にあらわれたハンモックを
小さい子と取り合いして遊んでいる。
元気じゃないの。
海晴姉様がこの暑さを乗り越えるため
少しでも南国気分に浸ろうとして取り付けたというハンモック。
東京都内の容赦のない暑さの襲来に
いくら対抗するとしたって、南国気分は無理だと思うの。
着替えの時に部屋の中で300円を撒き散らしていた立夏ちゃん。
お祭りのうわさを聞いて行ってみたけれど、本番は夜からなので
つまらなくなって帰ってきたんだって。
場所を聞いてみると
もしも私が予定通りの路線に乗って
それで、帰りかねてずるずる未練がましくしていたら
もしかしたら電車の窓から見ることができたのかもしれない夏の花火。
でも、一人のお出かけの帰宅時間としては少し遅くなりすぎてしまうもの。
立夏ちゃんが我慢したんだから
私だけがなんとなく割り切れないままでいたらいけないわ。
夜の九時を過ぎたら細かいことは忘れて
ベッドにもぐって、また来る明日に備えるのが小学生のお仕事。
一人で花火も見に行けないなんて
夢も希望もない話だけど。
でも、明日の朝もラジオ体操の時間は早い。
しゃきっとした顔で出て行かなくちゃ
おちびたちには笑われるし
お姉ちゃんたちは一言余計にうるさいし
夜更かししたら、さわやかな朝ははじまらないと
わかっているから
めんどうくさい日もすっぱり
はい、おしまい。
花火を見るのはきっと家族で行くお祭り。
家族のきまりだもの。
すっかり眠ってしまった立夏ちゃんは
楽しい日を過ごして疲れきったみたいにすやすや気持ちよく休んでる。
いちいち不公平な気分になってもきりがないし
明日は立夏ちゃんが寝坊しないように私が早く目を覚ますつもり。
まだ眠そうだったら、お尻を叩いて引っ張り出してあげないと。