氷柱

『真夏の到来』
梅雨に入る前からすでに曇りがちで
雨続きだった時期が無駄に長かった気がしてならない、うっとおしい年も
ついこの間、大きな台風が通り過ぎた途端に
もう見回しても探してもどこにも見つからない雨空。
いえ、もともと探すつもりもないんだけど。
でもさすがにこうなってしまっては
あの灰色の重い雲も、なんだか少し懐かしい気がする
あまりにも急な気候の変化。
今はもう夏。
完全に夏。
薄暗い梅雨空だって、ついこの前のことだったはずなのにね!
どうなってしまったのかしら。
ぱかっとふたをあけるようにして
どうしても動かないと思っていた灰色の雲は消え去り、
まあそれはいいんだけど
いくらなんでもさすがに
急に暑くなって
暑い日が続いて
暑くて暑くて
ああ……
ああーあ……
もう、
もーうっ!
っていう。
あるいは、暑さで思考力が低下しつつあるのかしら?
もう今の感情を適切に表現する言葉も浮かばないほど
あつあつあつあつ
あつーい!
まいにちあっつーい
あつすぎる
の!
そんな声を出したら
うだって寝転がって、夏のフローリングの床にあるはずもない涼を儚く求めていたちっちゃい子たちが
とびあがって
あつあつあつあつ!
おどりだして
うっとおしい!
夏ってホントに
ね……
いったいどこが不満すぎて
あるいは、どこまで許せるのか
何と説明したらいいのかもわからないくらい
あー
もー
……
って。
夏休みに入った家族たちにつられるみたいに、だらけてる。
この私までが。
なんてことだろう。
ああ……
もしも、我が家が毎日午前中の涼しいうちから宿題を気持ちよく進めようと心がける
ユキみたいに感心ないい子たちばっかりだったら
今、言っても仕方ない夏の暑さにいちいち態度を変えたりしないでいられるのかな?
情けないやらうんざりするやら
いくら普段から自信に満ちていたって
私も暑さにゆだってしまう程度。
普通の人間だったということなのね。
立夏が愉快そうに笑う声。
いつもはプンプン偉そうにしている氷柱ちゃんだって
夏のエネルギーにはかなわない。
負けちゃおう!
降伏しちゃおう!
ちっとも恥ずかしいことじゃない。
弱みだって見せてしまおう!
お揃いしちゃお!
だらしない薄着になるとき、
夏は覚悟を
決めちゃお!
なーんてぐあいに
さんざんからかわれても
ああ……もはや反撃の言葉も出てこないほどの夏。
暑ーい夏。
まだ7月。
うそでしょ……
今年もまた
ママと話し合った、夏休みの旅行計画。
つい先日までは
梅雨でムシムシうっとおしい……
やる気しない……
今年は、どこにも行かなくていいんじゃないの……
無理してでかけることないもんね、
みたいな空気だった家の中は
かーん!
抜けるような7月の空が到来した今、
もはや、白い日差しとぎんぎん輝く青色のコントラストに誘われるように
何もかもが淀みきっていた季節にさよなら。
時は今!
暑い暑い町をいったんは忘れて
遠い彼方をめざして。
どこかにある夢のような国へ。
涼しい風が吹く土地へ。
せめて海へ。
それがだめならプールでも。
なんだか行動的になってきている。
あー……
みんなの好きにしたらいいんじゃないの。
もう……
私のことは放っておいてくれたらそれでいいの。
夏の暑さに負けた女が一人横たわるリビング。
開きっぱなしのまま忘れられる参考書は
ときどき風にページがめくれるばかり。
物理的に積み上げた輝く知識の山。
今年は一冊も汗でふやける心配はない。
よかったよかった……
めでたしめでたし。
というわけで。
今年はいつにもまして不愉快で
暑くてうっとおしいのが嫌いでたまらなくてもうがまんがならない
冬生まれ
いや……三月はびみょうか……まあ、どうでもいいわ。
もう何もかもあきらめて
家中を転がっているだらしのない
それはもはや、みんなの誇らしい天使氷柱ではないのかもしれないけど。
全部、夏が悪いの。
もう知らないったら知らない。
暑さが落ち着くまで何もする気にならないまま
ひからびてしまう悲劇の主役。
あつーい……
あせだらだら……
だめね、このままでは
ひからびるのも夢のまた夢のよう。
旅行なんて面倒くさいだけで何も期待できないし
せめて涼しい朝晩にでも起きあがって
何か……
雨雲を呼ぶ儀式でもできればいいのに。
そんな絵空事くらいしか思い浮かばない夏。
ひたすらうんざりしっぱなし。
夏休みという響きにまぶしく輝く夢を見るなんて
ものがわかる中学生の年齢になってしまったら、もう無理。
その程度のつまらない当たり前の事実くらい
もちろん私だって、とっくに知っていたことだわ。