バレンタイン霙

・霙
バレンタインとは、儚い時。
わずか一日限りで通り過ぎる宴。
塵のようにかすかでちっぽけな、私たちの身と比べてもなお。
ほんの一瞬の蜃気楼。
音もなく溶ける氷のかけら。
広大な宇宙がもしも生き物だとしたら、ひとときまどろんだその瞬間に
目にとどまることもなく消えていくのが……
バレンタインというまぼろし
記憶も思い出の品もすべて、長いときを経て消え去る。
空しいことだ。
チョコはこんなに甘いというのに。
安心するといい。これはオマエにあげるつもりだったチョコではないから。
みんなが作った試作品の余りだ。
中には失敗作も含まれているようだが。
でも半分くらいは普通に食べられるし、
残りの半分のさらに半分も、おなかを壊すというほどではない。
そんなに分の悪い賭けでもないと思う。
さて、オマエに与えるはずだった私の愛はすべて
いつか、今日のおいしさを忘れずにいたさくらや虹子たちによって届くのだろう。
見つかってしまったものは仕方がないからな。
きらきらした目でどうしても、と──
見つめられてしまったからな。
わかるだろう。
だから、専門店で買った高級チョコレートは今年はあげられない。
今年のバレンタインは今日限りだというのにな。
まったく、儚いものこそはチョコレート。
そして淡く夢のようなバレンタインという幻影。
嘆くことはない。
おいしかったから。
あ、いや、おいしかったと評判だったから。
もしも私たちが、チョコレートよりは長く形を維持する塵であるとするなら
いずれは訪れる次のバレンタイン、
そしてその次のバレンタインに。
芽吹いて花となり、そしてまた時代へとつながる種に形を変え
定めの通りに滅び去る時まで流転を繰り返すのだろう。
たとえ、これから先に
幼い妹たちの技術が上達することがなかったとしても、悲しむことはない。
もともと形あるすべては消えていくもの。
今ちょっと口がさびしくて物足りない気がする、一瞬のチョコの空白地帯が生まれた思い出さえも
やがては私やオマエの記憶と共に──
宇宙の塵へと帰っていくのだ。
何も悲しむことはない。
全ては滅び行く定めなのだから。
それでも、もし。
瞬きのように消えてしまう私たちの日々に
何かの意味を込めることが許されるとして、
この家に、時に生まれ出でる新星のようなまぶしい熱もまた
永遠に続く記憶となって必ずどこかに残るはずだと
宇宙の誰も根拠を示すことのできない淡い幻想を
この私とオマエの二人がいる時にだけ、信じようとするのであれば。
試作品を作ることがなかったので、量が足りないという文句は受け付けないが。
いざという時を考えていた用意周到な私という、珍しいことがあったのも
儚いバレンタインがもたらした贈り物だろうか。
いったい何が瞬時に消え去る幻で、
何を見て運命に逆らい、永遠に変わらずあることを祈る夢なのか。
果たして、全てが定めの通りに動くはずの宇宙において、本当はどこまでが真実であるのか
まだ知識の足りない私には判断がつかないのではないか?
そう迷うこともあるかもしれない。
今日、この時間があったという事実は
いつまでも消えることなく残るに違いないという
理由のない感情。
誰も信じようとしないことであっても。
それとも、ただ私たち二人。
お互いだけは、もしかしたら。
まあ、そんなことを考えるのも
バレンタインという珍しい日のことだけなのだろう。
味見はしていないが、お前ならおいしく食べてくれるものだと思う。
では、これが私の気持ち。
どう味わうかはオマエ次第だ。
信じているぞ。