ダイヤ・ルビィSS

書いていて、アクアマリンというグループ名もありかと思いました。きれいな響きだし。でも投票するなら、自分の意見としてはアイドルらしい元気やエネルギーがあるそういう名前を選びそうかも。まだわからないけど。とりあえず、今月末に候補が出てからですね。

『ダイヤちゃんはクール(本当)って本当なの?』

まだルビィが幼くて、背も体も小さかった十歳のときのこと。
一つ下というのに、この子は将来本当に大きくなるのか不安になるほど。
ときどきは成長しているようにも見えるときはあったものだし。大きくなったねと声をかけるのは親戚の人の役目という気がして。身体測定の結果をもらって帰ってきても、身長が伸びて喜ぶなら本人と両親がしてくれるから。
私はときどき、成長するのに必要になる大切な栄養の話をしてあげて、ルビィが苦手な食べ物を克服しようとしているのを見たら一言声をかけるくらいでよかった。周りもすぐにルビィの努力を見つけて、励ましてくれるから。健気な子だから、いつも誰かが見ていてくれる。姉の私ができることなんてたいしてなかった。怖がりな子だけど、みんなはあなたのことを守ろうとしている。私たち家族も、元気な友達の子たちも、内気なところがあるあなたを知っている。何があっても、いつもあなたを愛している。本当は、何も怖がることはないの。だから私は、たまに褒めるだけのことしかしない。それで充分。幼い妹の成長を見守り続ける、気長な海辺の小さな町の日々に必要だったのは、それだけだったから。
意識して控えているわけでもないけれど、結果的にそうなっていただけ。
だから、客観的に見たら少しだけ。
優しい言葉より、わずかに厳しくしてしまう日も多かったのかもしれないわ。
「だってこの子は、ルビィが拾ってあげないと死んでしまうもの!」
決して私が甘やかしすぎたとは思わないけれど。
「でもルビィ。言っていることはわかるけど、それで同情ばかりしていたらきりがないわ」
「じゃあこの子だけなの! まもるの! ルビィがきっとお世話をするの!」
話題の中心になっているのがわかっているのかどうなのか、ルビィの胸でのんびりと日なたのような鳴き声で自己主張する、三毛模様の小さな命を中心にして。
家族会議の結果が出るのはもはや時間の問題だと、誰もが気づいていたけれど。
「ひとつ言い出したらきっと止まらないのがわかっているから、反対しているの」
「そんなことない! これが最後なの! 一生に一度のお願い!」
「わかるでしょ。命を預かるというのは決して簡単じゃないのよ。軽い気持ちで背負ってはいけないことなの」
「わかっています!」
「本当にあなたにわかっているのなら、話は私たちにだって伝わるはずだもの」
「どうしてお姉ちゃんはわかってくれないの! しんじゃうもの……」
厳しい味方をすれば、いなくなってしまう野良がいるのは仕方がないのだけれど。それを教えても今は感情的にさせてしまうだけだから。
「今はその子を飼ってあげることはできないわ。でもルビィが一生懸命に勉強して立派になったら、冷たい風を防げなくて寂しい思いをする子が少なくなるよう、社会を変えていくことができるかもしれないでしょう。その子は元いた場所に返してきてね」
「おっ……お姉ちゃんはクールだよ! 本当だよ! 鬼だよ! 本当だよ! 冷血漢だよ! ごくそつだよ! ごずめずだよ! やしゃだよ! くろづかだよ! うわーん! うわわーん!」
部屋を出て行くルビィの言語感覚がなんだか偏っているような気がして、交友関係が少し心配だけれど。
「いいえお父様、お母様。何も言わないでください。今日は私が憎まれ役を引き受けますわ。あの子もわからない子ではないですから。少し落ち着いたらもう大丈夫だと思います。では私は、自分の行動で手本を見せます。これから部屋に戻って勉強にはげんで将来は世の中を変えてまいりたいと思いますわ」
もうルビィのような優しい子が悲しい思いをすることのない社会に……
そうです! 黒澤家の娘だもの。あの子も気がついてくれるわよね。
と、机にノートを広げつつ。
「でもやっぱり、少し言い過ぎたかしら?」
まだ子供だものね。
この一件がきっかけで、猫に対する偏った愛情を忘れられないでいるかもしれないわ→もう少し大きくなったら、かわいらしい猫耳に妙な執着が生まれるかもしれないわ→最近増えてきたようすの、制服や内装にこだわるお店で社会勉強をはじめるのかしら→ルビィのことだからまじめに一生懸命お仕事をして、とっても充実した時間を過ごせるに違いないわ→あんまり学生時代のアルバイトに夢中になって、就職活動がおろそかになったらいけないわね→どこにもお仕事をもらえなくなったら、あのまじめなルビィがそんなことになるなんて悲しいことだわ→人生に絶望するかもしれないわ→自殺→ルビィが死んじゃう!
まあ、いろいろな経験をすることは将来のためだし、何があるとしたって、いざとなったらどうにだってなるものよ。私がついていてあげるのだし。
でも一応、もう少し言葉をかけてあげることもありそうね。なんといっても悲しい思いをしたら、どうしたらいいかまだわからないときもあるだろうから。
「あら? ルビィの部屋のほうで物音がするわね。ルビィ、部屋にいるの? 話があるのだけど」
「ニャー」
たいへん! ルビィがもうすでに猫のことを忘れられないでいるの!
いえ、そんな余裕があることを言ってる場合ではなくて。
「ルビィ! 入るわよ」
「お姉ちゃん!」
目の前に飛び込んできた景色は。
もともと物が多くて、几帳面なところがあるのに散らかりやすかったルビィの部屋はすっかり片付いて、がらんとして。
中央には、シーツに包まった子猫が丸くなって眠っている。
「私の好きな海のある町で生まれたからアクアマリンちゃんって名前にしたの……きっと幸せになれるようにってお願いを込めたの。お姉ちゃんとこの家にいられるんだから幸せになれるよね……さよならアクアマリン! ルビィのかわりに立派な黒澤の娘になって、たくさんお勉強して立派にお姉ちゃんを助けてあげてね。ルビィは遠くからいつもお姉ちゃんとアクアマリンちゃんとお父さんとお母さんのことを思っています……ううっ」
「待ちなさいルビィ、何かおかしな思いつめ方をしているようだわ」
「私がいなくなれば、子猫を飼ってもらえるくらいできるよね……ルビィが選んだ子だから、きっと大丈夫だと思います。これからはこの子をお姉ちゃんの妹だと思ってかわいがってあげてね」
「いきなりそんなことを言われてもできるわけないでしょう!? 実の妹を放り出してかわりに猫を次女に据える家族がどこにいるの」
「だってルビィにできることはこれだけだったの……」
「だいたい、ルビィがそばにいないで一匹で知らないおうちに取り残されたら、この子だって不安になるに決まっているわ」
「ええっ、お姉ちゃん! それって、まさか!」
「思い切ったことを考える子ね。どうして思っていることを、もっと上手に伝えられないのかしら」
この子は将来、大事な自己紹介でかんでばかりになってしまう気もするわ。
「気持ちはわかったから、少し落ち着きなさい。お姉ちゃんももう少し前向きに考えてみます」
「本当!? お姉ちゃんはやっぱり鬼じゃなかったよ! ごくそつじゃなかったよ! 冷血漢じゃなかったよ! クールなんかじゃないよ!」
「クールなほうだと思うけど……」
それが五年ほど前のことだから。
つまり、カバンに入って学校について来てしまった猫はルビィが愛情を注ぎすぎて甘えん坊になってしまった気がするのよ。
「そんなことがあったんだねえ! ルビィちゃんはやさしいな! アクアマリンちゃんはかわいいよねえ! アクアのアはアイドルのア、この子は私たちに幸運を運んでくれるに違いない、うちのマスコットになってもらおう。ていうか、かわいいなあ! よくなついてるね!」
チカさんがむやみに喜ぶかと思えば。
「まったく何を言ってるのかしらチカちゃんったら。こんなにかわいくて人をたぶらかす才能があるんだから、隠したって誰でもわかってしまうの。もちろん正体は悪魔の一族に決まっているし、同じ仲間の私に抱っこされてなでなでされているほうがうれしいはずだわ。それにアクアマリンは略してアクマだもの。これは運命なのよ。私と結ばれている証明なのよ! もうどうしようかしら! かわいいわ!」
「その略し方はちょっと困ってしまいます……それに、誰よりこの子と結ばれているのはルビィなの!」
ルビィ!?
「ルビィとお姉ちゃんがずっと一緒だったもの!」
ああ私も入ってるのね。それならいいかしら……猫が運命の相手なのは変わらないけれど。
それにしても、アイドルなのかアクマなのか、今この部屋の中で一番に注目を集める最もアイドルに近い生き物がうちの猫であることは間違いないみたいね。いえ、私が一番だから二番目ね。
もう私は、我が家の猫と二人であのラブライブに出場したほうが、ずっと早く優勝を狙えそうな気もするわね。スクールアイドルでもなんでもなくなってしまっているけれど。
いいわ。大変な道のりでも優勝を目指すと決めたのだから。
同じ志の仲間たちを勝利の舞台に導くことだって、いくら厳しくてもかまわない。
いつかいなくなってしまう子がいるのは自然の掟で仕方のないことで、本当は私は、勉強してそんな世界を変えていけるようにすればいいはずで。
ルビィがもう泣いたりしないように。そのつもりだったのに。
結局、ルビィはつらい練習が続いて、いつも泣いてしまうような大変なアイドル活動をしているし。
やめようとする気配もないし。
私が引きずられるみたいにして巻き込まれてしまうのも、思えば昔から。
それとも、運命に従って消えていくしかない廃校寸前の学校を救おうとしたなら、もちろん自信があるくらいには、私も充分な力をつけてきたのかもしれないわ。
ルビィを守る力。いつも育てようと続けてきたから。
少しはできることがあったっておかしくはないのだし。
幼い頃にまじめに話したお説教を思い出すと、微笑ましいほどで、私にも子供のときがあったもので。
いつもいつも、ルビィと小さな子猫に教わることばかりいっぱいあったって思うから。
一緒にいたから、成長はしているはず。
本気になれば、なにがなんでも願いをかなえるくらいできるわ。
ときどき無茶をする小さな妹みたいに。
私もなれている未来が、もうすぐやって来てもおかしくない頃だと思うの。