観月

『月待』
そろそろ今日あたり
夜空には、
月が煌々と照るであろうか?
まぶしく胸を突き通す
心騒ぐ明かり。
やがて時が来たら
わらわもあの月へ……
行くことはないが。
竹から生まれたわらべでもなく
兄じゃのいる場所が、わらわのおうちなので。
蛍姉じゃが心配して
こんなにかわいらしい子がいっぱいいたら
一人くらい、月に帰ってしまわないか?
紐をつけておいたらいいのかな……
GPS付きの携帯でなんとか?
といっても、わがやでは携帯は
お仕事をするようになってからの決まり。
海晴姉じゃも
あんまり自分の用事に使ってばっかりいると
ママがぷりぷり真っ赤になる。
とりあげてしまうぞ!
もはや、ここ一番の瀬戸際なので。
どれだけさみしくても
家族の交流のためでも
おうちに着くまで、必要以上の携帯はがまん。
ということになっているから
月に行ってしまったら
家族とおはなしができなくなるな……
向こうで契約をすればいいのか?
そもそも、連れていかれないようにという話であったか。
でも、恐ろしいような薄い明かりもきれい。
たまにはあの真っ暗お空の
ぽつんと灯ったような光を眺めてぼうっとする時間もないと
不思議と、こう──
胸がざわざわ
落ち着かないよう。
桂男に誘われているのであろうか?
それともやっぱり
何かを感じているのか。
自分が帰る場所ではなくても
昔、あの遠い空の果てへと浮かびながら戻っていった者がいて
不死の宝を残していったと。
高い高い山で
焼いた煙が
届くようにと願った地上からの思いも
あるいは、本当に届いたので
千年が過ぎても
人の心をひきつけてきれいであるのか。
あの月で、今もいるのか。
それともすでにもう、二人は浄土で会えたのか。
物語の続きを今に語り伝える者はいない。
ただ、酔狂な娘がひとつとして理由も知らず
まあるい灯火を見つめて胸騒ぎを感じるだけ。
いつか
やがては──
理由があるのかもわからない
この不思議も解けるのかな。
たとえば、恋するものはすべて
狂おしく物を思いながら見上げると
人が最初にこの世界に生まれ落ちた時から
決められていたような。
しんかろん?
月を見上げて思うようになったのがはじまりで
人はそういう特別な生き物に変わったとか
昔からの理由があってもおかしくはないほど
わらわはちょっと
雲の多い夜に不満続き。
むーっ
今宵は虹の後。
夕方になって、お天気雨をまねく薄雲の間に
お祝いのきらびやかな円弧。
金色に──
いや、色とりどりの七色に。
兄じゃはどちらが良かったかな。
いつも夜にほんのりかわいい金色が
昨日もなく
今日もなく
はたして、嫁入りをした狐の娘は
今頃は
何を見つめて物を思うのか。
濃紺色の帳で多い夜の閨で
それとも、この日ばかりは空まで見ている余裕はないのであろうか?
昼からばたばた、降ったりやんだりの嫁入り行列お疲れだっただろうし
新婚の床でぐっすり。
幸せに眠っているといいな!
今夜、瞳に水面に葉むれのしずくに月は映らぬまま
雲の向こうでは魔女に似て耳まで裂けた唇の形で
そわそわ落ち着かないでいるわらわを知って
笑っているやら、
明日の夜まで気長に待つと決めて瞼を閉じたか
物狂おしく胸をかき乱す思いも
届かぬことにそろそろ慣れてきたやら……
いつまでたっても
振り向いてもらえないつらさに涙が枯れることはないのやら。
なんの話であったかな。
ああ、兄じゃがつれないということじゃったな。
月のない夜くらいは
気がふれるようなおそれもなく眠りについたらいいのに
人として生まれるとは
因果なもの。
つらさと憎さから解放される日はなく
物思いがやむことも
いつになろうと果てしがないのは
おそらく遠い昔から変わりがないまま。
今夜もまた古くに決められた通りに
眠れずに過ごす娘がひとり。
なんのあてもなく、ただずっと
黒くうずまる山のふちが輝きだすまで
冷たく湿ったお布団に包まれて、もぞもぞしているばかり。