春風

『春の雨』
おそろしいほどの強い風が
薄い生地のスカートの裾をさらっていく。
ようやくやさしい季節を迎えて
うかれがちな春風に
ほんの少し、いけないいたずらをするんです。
あーん!
王子様、守って!
本当なら、春風があなたを守りたい気持ちがいっぱいなのに。
つかまえてはなさないで
いつもあなたの帰ってくるおうちで
あたたかな家庭を作り上げるために
毎日が花嫁修業、
一日も欠かさず
私の時間はあなたと過ごすためだけにある……
そのはずなのに。
それなのにこのごろは
春風、しょんぼりしてしまいます。
風が強いと言っては
王子様のいるお部屋へ逃げ込みたくなるし
雨が冷たいと言っては
愛するただ一人の人に暖めてほしくなるし
寒気が北から降りてきて
また冬の寒さに逆戻りなんていわれたら
泣いてしまいそう。
涙を拭う指先も動かないほど
落ち込んで──
ぽろぽろこぼれおちる水滴を
そっとぬぐってくれる人を待っているよう。
赤ちゃんみたい?
あーちゃん、知っていた?
お姉ちゃんは本当は
こんなに弱くて小さな生き物だったの。
赤ちゃんクラスの
同級生くらいですね。
あーちゃんに教えてもらうこといっぱいあると思うの。
大好きな人への
素直な甘え方とか
愛している気持ちが大きすぎてとても言葉にならないときに
体で伝えようとする方法とか
忙しそうな王子様の足を止めて
こっちを見てもらうための捕まえ方とか
あーちゃんは春風の先生になってくれます。
春になったせいで
めそめそ泣いちゃう
ちっちゃい子!
春風の手をとって導いてください。
きちんとまじめな生徒にならなくちゃ。
でも、最近の天候には
本当にびっくりしてしまいますね。
ものすごい風の日が続いて
いったいこれでは
いよいよ迎えた春のはじまりは
お天気もどうなってしまうんだろう、
心配していたら
一週間の予報を見たら、傘のマークがずらり。
せっかくの新学期、
持ち物の準備がただでさえ大変なのに
ますます荷物が増えてしまう!
何もかもが新しくなるフレッシュな旅に
いちばん大きな荷物は
胸の中に抱えた、揺れる不安と沈む緊張と
去年まであった愛しい時間が見慣れないものばかりに変わる寂しさと
まだ踏み出したことのない道に踏み出した
ぽっとともる灯火のような
わくわくと弾むおさえきれない感覚。
これから新しい景色をいっぱい抱えて
おうちに持って帰ったら
全部、大好きな人に見てもらいたい!
そんな高揚感に
ふくらんでいく胸の中。
たぶん、誰もがいつもこの時期に
感じるのだと思います。
でも春風は
もう、お姉ちゃんだもの。
そこまで何もかも新鮮に感じるお年頃も
小さな家族たちのはしゃぎようと見ていると
もう、過ぎてしまったのかしら?
家に残ってみんなの笑顔を迎えて
おみやげのお話がいっぱい届くのを待っているのが
今の春風は
いちばん、うれしいのかしら。
風の強い中、
また寒さが戻ってくる日も
あなたが今日も元気に過ごしていることだけを願って
心を休める場所に帰ってくるまで
またあなたと幸せに見つめあう瞬間を信じて待っているのが
春風のこの厳しいお天気の春には
ふさわしい過ごし方なのかもしれないわ。
そんなふうにしてそわそわ
あなたのことだけを思って……
春風は、待っていられるのでしょうか?
探しにいってしまいそう?
つかまえに。
春風はわがままで
幼くて、我慢ができない子みたいなんだもの。
どうするんだろう?
春風は、自分の気持ちが大きくなりすぎていったいどうなってしまうのかも
知らないままなので
これはやはり!
お勉強が必要なんです。
新学期になったら、何を学んで帰ってくるのだろう?
あんまりものを知らないままで、
これからたくさんお勉強する途中で怖いこともあるかもしれないけれど
王子様にお話したいことが
たくさんできると思うので。
お姉ちゃんですが
聞いてほしい!
なにもかも──
ひとつも隠さないで話したいの。
春風の経験することは
これからずっと、いつだってあなたと一緒に分け合うのだから。
だって、家族なんだもの。
少しくらいわがままでも仕方ないですよね。
今日で春休みは終わり。
春風の愛する家族の子達は、明日は新学期へと歩みます。
たくさんのことを
持って帰ってきてください。
春風も負けないで、いっぱいお勉強をたくさんするの。
明日帰ってきたら
王子様を捕まえて、なにもかも聞いてもらわなくちゃ。
この胸の中の、変わることのない熱い気持ちも残らず届けるんだわ。