吹雪

『メモリーズ』
人間の記憶は
いつでも
とても悲しいことも
普通に過ごした
何事もなかった日の思い出も
ひとつの例外もなく
常に、視点になっている存在の主観によって分類が行われるので。
今日の氷柱姉のように
なんだかだまりこんで
うつむいて、赤い顔をして
いつまでもひとつの記憶に浸っているみたいに
ぼんやりしているのは
これは相当の悩みではないだろうか?
と、心配して
自分のことのようにそわそわ落ち着かないで
歩き回って
誰彼かまわず捕まえて相談して
なんとかしてあげたい、
できることがあるなら
なんでもするんだもの!
だんだん思いつめているみたいになってきた
小雨姉やユキや
幼いさくらや虹子。
氷柱姉は、なかなか言葉で伝わらない雰囲気を見抜くには敏感なほうだと思っていたのだけど。
そして、見抜いた上でそれでも自分の考えを押し通しているらしい様子を時々見つけたら
驚くほど芯の強いところがある姉なのだ、
感心する場合もあるけれど。
時には──
伝えてもかまわないはずの
感謝の言葉を飲み込んだように見えたときには。
わかっているのでは
なかったのだろうか?
自分の観察力に疑問を持つ場面もあるとしても。
今日の様子は、どうも普段どおりではない気がします。
まわりのみんなが心配していても
反応がない。
何もない。
どこを見ているのだろう?
熱を持ったような瞳は。
これはやっぱり
ホワイトデーと一緒みたいにまとめられたのは
ショックだったのかな、
そのような心配をする
小雨姉の想像によれば、つまり。
お兄ちゃんの用意したお誕生日プレゼントは
みんなで分けたお菓子の詰め合わせ。
ちゃんと気にしてくれていて
お兄ちゃんがさりげなく、氷柱お姉ちゃんに声をかけてあげていたのは知っているけど。
ハッピーバースデーは
晩ごはんに出てきたケーキのお誕生会のときまでおあずけ。
お兄ちゃんが悪いわけじゃない。
でも、たくさん言ってくれたら
それは、うれしかったんだろうな
と。
今から言ってもどうにもならない、
というか、その時にもうわかっていたとしても
小雨にはそんなでしゃばったことは
気が引けて言えるわけなかったのに。
懊悩している姿を見ると
これはもう、春の陽気にすぐ解けてしまう氷は
こんなふうなのではないかと
あまりに小さく縮まっているので。
もしかすると
キミから、氷柱姉に声をかけたら
それはもう簡単に解決するのかもしれません。
小雨姉のほうの問題が、ということです。
どうも他の姉たちの意見では
あのぼんやりと遠いところを見つめるような
自分の中に残された一つの出来事をずっと覗き込んだままうっとりしているような表情は
とてもいいことがあったのではないか?
まだ人に告げられるほど言葉にするにはまとまらない
何かとても大きな大きな
この星よりも
広い無限の宇宙と比べたってその人には区別がつかないみたいに
心の中でいったん整理することもかなわない
いいこと。
うらやましいなあ!
というのが
特に、上のほうの姉の意見なので。
もちろん、そんな声も
しばらくは邪魔をしないでおいてあげようと
遠巻きに取り囲んでいる柔らかな視線も
氷柱姉は気づくことなく。
あれっ、ぼうっとしているなら
小降りの雨で濡れるほどじゃないから
外に体を動かしに行こうよ!
ヒカル姉が声をかけたところを
にっこりと春風姉が引き戻しても
やはり氷柱姉の耳には入らなかったらしい。
あの大声が……
何があったのだろう?
氷柱姉の姿がどのように見えるかで変化する
私たちの感覚があるのと同時に
氷柱姉の中に満ちている感情が
これからの何かを求めている状態なのか
それとも、もうたっぷりと体験した出来事を
片付けようとしても難しいまま
本人の中で、始末がつかないままでいるのではと
疑える姿でもあるけれど
私にはその内面を正確に知る手段はない。
いずれ今の気持ちを定義するのは氷柱姉自信に他ならない。
つまり、言うならば。
ここ数日
氷柱姉に先立って
どうも挙動不審な行動を示し、
何かを探してきょろきょろ
周りの視線を逃れて
おそらく何か非常にデリケートなことを行う場所を
必死で探していたような
キミの姿と、
声をかけてもよそよそしい態度に接した時間、
また、関係があるのかどうかはともかく
氷柱姉の変化とタイミングを合わせるように
もとの優しいおだやかな態度に戻ったことも
まあ、私が知らない秘密も
それは、私と関係なく
一個人としてのキミにはあるのだろうと
そう納得しようとする努力が
はたしていずれ成功して
この決して形にならない感情を受け入れることができるのかどうなのか。
できないとしたら
いったい私は、これからどのような行動をはじめるのか
それはだんだん時間をかけて
自分の気持ちと相談して決めていくものだと
私は知っているから。
何もはっきりしないまま
今日は眠ることにします。
夜の夢がこの記憶をうまく整理してくれればいいのだけれど。
では、おやすみなさい。
明日は曇りのない気持ちで
キミの前に立つことができたら、と希望しています。