バレンタイン04:07くらい

・氷柱
いえ、
あげないとは言ってないわ。
麗の前では
確かに少し
そんな意味に聞こえないでもないようなことを
言った記憶はあるけど。
チョコは作ってあるし。
家の中がそんな雰囲気だから
一応。
形だけは
確かに用意してあるわよ。
うれしい?
別に、心のこもったハートなんかじゃあない
全然普通のトランプチョコレートだけど
チョコ作りくらい私にできないなんて思われたら
なんだかしゃくだもの。
もちろん、私なら余裕でできるってことくらい
見せてあげたから。
多少、おぼつかない手つきだったとしても
慣れていないだけで
できないわけじゃないのよ。
本当に。
蛍ちゃんだって感心していたもの。
よくできたね、
氷柱ちゃん
がんばっちゃったね、って。
やるとなれば私も、このくらいはね。
なんだか蛍ちゃんだけを誘ってこっそり
誰にも見られないように隠れて作ったような形になったのは
手順が悪いところをユキに見られたくないとか
そういうわけじゃなくて
ただ、たまたまキッチンが空いている時間を利用したというだけ。
家族が多いと、そういうときもあるでしょう?
とにかくチョコ作りは大成功。
私のほうにためらう理由がないというのなら
今、気に入らないのは
あげる相手だけ。
なんだと思うわ。
別に、年に一度だけのバレンタインなんだから
真っ先に私のところに来たらいいのに、とまでは言わないけど。
家では人気者のお兄ちゃんなんだもの。
ひとり占めなんてできないわよね。
バレンタインの日だからって、
いくら愛情込めたチョコを用意しておいたって。
これはたとえ話だけど。
肝心のバレンタインの主役は
どこにでもふらふらうろついていって
もらえるチョコなら何でも
いやしくおなかに詰め込む
この下僕が私たちの家族じゃなかったら
なにかそういう妖怪だと勘違いされても仕方がないわ。
バレンタインに
チョコを奪いに来る。
陰から
身をひそめて
誰のでもいいから、チョコを狙って。
ちがうかな。
ほしいのは家族のチョコだけみたい。
ヒカル姉さまがよく無邪気に話しているわ。
おなじクラスでは、男は珍しいから
面白がられておもちゃみたいにひっぱられてるって。
ユキのお兄ちゃんでありながら!
私たちの家の長男が情けないわ。
でもまあ
お誘いがあってもきっぱり断ったそうね。
バレンタインは
毎年、約束があるからって。
一番大好きな家族と、までは
宣言できたかどうか知らないけど
この口の軽い考えなしの下僕なら
いつそんなおそろしいことを言い出すかわからない!
恥ずかしい思いをするのは私たち姉妹なのに
気にならないの?
ならないのか。
ばかだから。
そんなに私たちのことが好きなら
あげるわ。
家族として。
今年は、一応そういう理由で
しかたなくね。
もしあなたが
それ以上の関係を望むなら
行動で示して見せれば
私もいつかは
もしかしたら。
きっと、
この下僕はいつもばかだなあ、
男なのに。
もうだいぶ大人なのに
どうしたんだろう。
こうなったら私が
ずっと手の届く近くにいて
いつも手をつないで
下僕の首輪みたいに引っ張っていないといけないわ。
こんなふうにして。
ほかの誰かのチョコがついた手なんて
恥ずかしくて、もうどこにも見せられないから
しゃんとすること。
今年はこれで許してあげる。
でも、来年またご主人様の機嫌を損ねたりしたら
わかるわね?
あなたのご主人様はたった一人だけ。
嫌われたり、あきれられたりしたくないでしょう?
嫌いになることなんてないと思うけど。
汚い下僕を
これ以上、嫌うところまで落ちるなんて考えられないから。
せめてご主人様を怒らせないで
あなたみたいな不器用な人に
ご主人様の機嫌をとれるようになる成長なんて
まるっきり。
期待してなんか
いないんだから。
・ヒカル
こう見えても
私も女の子だから
バレンタインは、チョコを贈る側。
全然そう見えないみたいで
いつももらってばかりいても
実際の性別としては
まあ、そういうことになっている。
たとえ、あんまり女の子らしくなれる未来が思い浮かばないとしても
今日はバレンタインだから
好きな人にあげる予定。
我が家では、家族みんな素直になるきまり。
あげたいのに
どうにでも理由をつけてあげたくないなんて
ゆるしません!
やさしく背中を押して
がんばって。
蛍が氷柱の後ろについていったのをさっき見た。
でも、バレンタインにチョコをあげたいような
好きってどういうことだろう?
オマエは男の子で、私は女の子。
声を出して追いかけて
みんなと一緒に応援して
手を振ってもらったら
きゃーって。
オマエに
きゃー、
だって。
おかしいよな。
サッカーボールを取り合って
私がオマエを追いかけている時にあげている悲鳴みたい。
男の子なのに
おもしろいな!
逆だったらよかった?
別に今の状況に不満はないけど
オマエが女の子で
私はだらしなく表情を崩して
チョコをもらえるのを待っている。
家族以外の誰にも見せられないな、って
まわりに思われてしまうような顔で
そわそわしている
私の近くにいる、男の子になる。
なんだか
そんなふうになったとしても。
二人で追いかけっこしているのは変わらないみたい。
その時オマエは
やっぱり、もらいたくてそわそわしている?
あげるほうになっても。
今日作ったチョコは
あんまり上手にできていない、
というか、食べたらおなかを壊しそうなくらい。
夕凪には
ばっちりだった!
で、ごまかせたけど。
夕凪はかわいいな。
でも、ちょっと将来が心配だな。
今はあれでもいいのかな。
私だって人の将来を心配している場合じゃないもんな。
これはあげられないな、と思った。
後で買いなおしたのを
遅れてしまっても、そのほうがいいか。
そう決めていたけど。
やっぱり、最初は今日のうちにするはずだったことを
いくら失敗だらけだって
後回しにしたままでは
なんとなくすっきりしないから
今はご飯の後片付けで
大量の餃子を冷凍準備中。
幸せそうなオーラが
観月みたいな能力も全くない私にまで見える春風と蛍の後姿には
とても割り込める雰囲気じゃないので
はい。
やばいと思ったら絶対無理しないで処分して。
と言っても
オマエは胃が丈夫なのかそうでもないのかよくわからないのに
妙に自分の健康に自信を持っているみたいで
無茶しがちだから。
今日は、半分私があずかってやる。
私が用意したものだけど
半分こ。
どっちが男だったらいいかなんて
今のところ私には、まだわからないけど
こうしていつも
お互い、大変でもいろんなものを分け合っていくように
家族がいっぱいの家で、同じ年の子供に生まれたんじゃないか。
いま、なんだかちょっとそんな気がした。
別に悩まなくてもいいんじゃないか。
これからもなるようになるんじゃないか。
来年のバレンタインも
私たち二人とも、体を壊さなかったら
来年は、普通の味のチョコレートを半分にできるかな。

・観月
われらのそばには
いつも神様がいて
時に厳しく。
この世界をつかさどる力が
ひとときもつまずいて停滞することのないように
注意深く見守ってくださり。
ときどきは、やわらかく
はめをはずして
われらの元までこっそり降りてきて
おどりやうたを見ていたり
たまに、混じって参加したりするのじゃ。
今日はバレンタイン。
神様が愛する者たちに
奇跡をもたらす日だと聞いた。
そう、うたもおどりも
本来は神にささげるものなので
虹子や青空がめちゃくちゃな踊りを
兄じゃに見せようとしたところも
たぶん近くでごらんになっていたに違いない。
この家では一日中
バレンタインの行事がにぎやかに進んでいたのだから
さとい神様は
迷わず、やって来たに決まっている。
わらわたちが
愛する兄じゃへ、気持ちを伝える姿を見届けるために
そこらあたりにもまだ
おるやもしれぬ。
もうちょっと
まじわりあうのでは?
期待して。
こころとこころが
勇気を出して、触れ合う瞬間を待っている。
人間ならだれもが交わす愛の言葉が
この良き日にもとどこおりなく行われていることを確認しないでは
愛の神様も、安心して雪の積もる深山に帰れないであろうし
わらわが
満足させてやるころあいじゃ!
なにしろわらわも
兄じゃのことがすきで
いずれ結婚する約束をして
マリー姉じゃととりあうほど。
とりあえず
ふたりなかよく
あそんでもらおう、
兄じゃはたいへんかもしれないが
なかよしは
我が家の大事なルールなので
そうするとして。
ひそかに。
兄じゃが、いつもより少し
わらわが気になる
術をかけておくのは
誰も止めていない決まりなので。
ライバルは夕凪姉じゃのみなのじゃ。
そこで、
香をたいたり
寄り添ったり
手を。
兄じゃの手は
もうずいぶんと、おとな。
わらわが大きくなって、手のひらを合わせて遊んでもかなうまい。
ちょっぴりくやしい。
でも、
この人に頼ることもある。
助け合っていくはず。
家族なので
この小さな手も
やがては
兄じゃの力にするとよい。
わらわはもうそのつもりでいる。
ずーっとこれから
兄じゃに寄り添い
助けられ、
求められ。
いつまでも家族として過ごす。
魂は消えることなく
いつかは、次の者たちの愛を見守りながら
わらわと兄じゃが
ものかげからこっそり
人々の愛情が変わらぬことに
笑顔を交わす
そのときまで。
いつまでもずっと
わらわと兄じゃはむすばれている。
これからもたくさん、一緒に遊んでもらうぞ。
わらわの生涯の
たった一人の伴侶と
もう決まっている人に。
仲良くする約束でも
やっぱり兄者は譲れぬと思うのじゃ。