氷柱

『何事もなく』
これといって大きな変化もなく過ぎていく
私たちの日常。
立夏みたいに脳天気で騒がしい子は
刺激が足りないとか
手をつないで帰るだけでは物足りないとか
不満があるみたいだけど。
毎日毎日、特別な思い出がほしくてたまらない様子。
でもね。
特別な事件も起こらず普通に過ごす日が
どれだけ大事なのか、知っているはずでしょう?
この時期に事件っていうのはたとえば
寒くなって、体調を崩すこともあるでしょう?
健康を守る努力も必要なこと。
好きな人のぬくもりが残っているから
大事にしたい、
この手は一生洗わない!
とかそんなことを言い出したら
いつも泥団子を作って遊んでいそうな立夏のことだから
うがいてあらいの風邪予防以外にも悪いばいきん対策もしっかりしないと。
もちろん、
どこの誰が手をつないだからって知らないけど
やさしいオニーチャンだってちゃんと手を洗わないと
汚いわ!
あと、特別な出来事といえば
小雨ちゃんが掃除の途中でバケツをひっくり返したとか
たまたまその正面にいた下僕がびっしょりになったとか
そのへんは
まあ、いつものことだからともかくとして。
お風呂はすぐに入れるし。
小雨ちゃんが後で責任を感じないようにしてもらわないと困るの。
私はね、
このごろ立夏と帰ってくるのがどんなきっかけだって
どうでもいいの。
冬休みの間はずっと一緒にいたから
寂しいんじゃないの。
しばらく、相手をしてあげたらいいわ。
私には関係ないし。
毎日特別なことが起きるなんて思わないし
普段どおりの生活を維持するだけで大変なことだもの。
だから別に
私には何もなくてもいいの。
小雨ちゃんが、自分が失敗しても優しい笑顔で
なんでも受け止めてくれる強いお兄ちゃんを実感した
特別な日だとか。
興奮して語るようなことは別に。
小雨ちゃんだって、みんながあんまり好きじゃない仕事を熱心に
嫌がらないでまじめにしてくれるんだから
そんな日が
特別な何かがあるより、ずっと大事で
必要なものなんだってわかってほしい。
小雨ちゃんがとっても大事な日を過ごしたんだと
私たちも、小雨ちゃんが家族にいることを誇りに思っていると。
大きな変化なんてなくても
夕飯の時にでも、みんなが揃って元気な顔を見せてくれて
一日の出来事を伝えてくれたら
小雨ちゃんえらいねって
そんなふうに穏やかに過ごせたら
私はそれでいい。
何よ。
水をかぶっただけで。
平気な顔をして見せたくらいで。
頑丈な体に生まれたって言うだけでいい気にならないで。
がさつにできている証拠だわ。
立夏も何も
何もそんなに急いで大人ぶらなくてもいいじゃない。
まだ遊びたい盛りのちっちゃな子供のくせに。
私はね、
ただ立夏が家族で一番うるさい大声を張り上げて
元気に帰ってきてくれるだけでいい。
それだけで、まわりのみんながすぐ明るくなれるって
あの子はまだ知らないのかしら。
慌てて背伸びしたりしなくてもいいのに。
好きな人に振り向いてもらいたくて
考えすぎてダウンするなんて
まだ早すぎるわ。
あんなに難しいことを考えるのに向いてない頭をしているのに。
立夏のことだから
一日のたいしたことのない出来事を
さも大事件のようにみんなに話して
食べている途中だからって怒られて、十数える間だけはしおらしくなったり
がまんできなくてまた大声で
口に含んでいるものを飛ばしたりしているうちに
特別な出来事ばかりじゃない毎日を重ねていたら
それなりに、ちょっとは今よりものを考えるのが得意な頭の中身に変わった
成長した、大人っぽい女の子になっているんじゃないの。
知らないけど。
保証は何もないけどね。
でも私と違って
素質はありそうだから。
今すぐに誰かの心をつかむなんて
あんなに張り切らなくたっていいのにね。
だいいち、家族に尽くすのがうれしくてたまらない誰かは
それなりに家のまとめ役になっている女の子が呼んだら
他の何もかもを放っておいて駆けてくると思うから
まだ立夏には渡せないわ。
ほら、下僕。
今日も私が呼んだらすぐに走ってきて
いつも難しいことでお疲れのご主人様の肩を揉ませてもらえるか許可を伺いながら
私のお願いを聞いてくれたらいいの。
立夏は寂しがりだから
あんまり無茶をしないように見ていてね。
いくらアタックが強烈だからって、あの子ばっかりにかまっていたら
他の子がどう思うか
ちゃんと考えて
一番に大事な人のことをいつも考えていること。
その子が呼んだらすぐに尻尾を振って走ってくるようにね。
わかった?
どんなに無茶なことでも
私の命令は何でも聞くの。