『みかん到来』
我が家にあの橙色の輝けるみかん、
色合いも華やかにしっとり優しいみかんがやって来るまでには
二つの道のりがあり、
ひとつは商店街の馴染みの八百屋さんに注文して
箱を届けてもらうこと。
まあだいたいのパターンとしては
気のいい八百屋のおじさんが
はい、
まいど!
春風ちゃんは今日もかわいいね!
などと
適当なお世辞を言いながら。
春風も本気にしてしまって
もう!
心に決めた人がいるんです!
と、謎の主張をしながら。
その時にはまた
青空がみかんの匂いをかぎつけて
まいど、まいど!
みかんだよ
まいど!
威勢のいい口真似をすると
青空ちゃんも
かわいいね!
八百屋さんは節操がない。
だが、青空に関しては私も同じ意見だ。
喜ばしいみかんの訪れに
つい、誰も彼もが
妖精が踊る輪のように
誘われて出て行ってしまうので
いつもありがとうございますのあいさつを
もちろん、
私も一人前に
当然の礼儀正しい対応をしていると。
八百屋さんもまた
はい、どうも!
霙ちゃんも
もっと元気に
がんばって!
と、よく言われる。
私はなぜその言葉?
どういう意味だろう?
みかんの箱を奥まで運んでいく仕事だと思っているのかな?
まあ確かに年上だからな。
頼りになりそうな見た目と言うことなのだろう。
うん。
このごろ、私が八百屋さんまで行くことが少なくなり
おつかいは妹たちが活躍できる場所と思って控えているから
それで八百屋さんも
気になるというような
あまり来なくなって寂しいという……
小さい頃はおつかいに行ったら
かわいいね、
と言われたことは
あったのだ。
そのはずだ。
確かにそんなこともあったような気がする。
私だって
かわいい子供だった時期はあったのだから。
うむ。
とすると、春風はまだまだ社交辞令でうっかり喜んでしまうこともある
小さい子供であるという解釈もありえるはずだ。
まあとにかく、働き者の八百屋さんの訪問ももう少し先。
頼んでも、あちらの都合で配達までは二日三日かかることもあるので。
ついに昨日、急に家中のみかんが底をついてしまったため
注文に向かったのが今日の話。
大仕事を命じられた麗は
大小さまざまに微妙な色合いの違いがある橙の波を前に
真剣に検討して選んだという。
それは、お供をしたオマエもまた見ていたのだろう。
みかんのたどる二つ目の道のりで我が家に届けられたのは
袋に詰められた分
麗とオマエのそれぞれが抱えた
買い物袋にそこそこの量。
基本のみかん。
スタンダード。
定番。
えひめ。
Mサイズだ。
無難だな。
後で届けてもらうように頼んだのも同じ種類らしい。
まあ麗のことだから
どれだけ真剣に選んだことか
目に浮かぶように想像はつくのだし
確かに普通のみかんは一番うれしいので
みんなも奪い取るようにしてこたつまで運んで
麗の健闘をたたえたのだが
自慢したいような口調にしては
普通だったな。
ほくほく顔で帰ってきた麗は
どうも、はじめてのおつかいを済ませてきたような顔だったな。
誇らしいようでもあり、
ほっと安心したような気持ちも混じっている……
はたして、蛍が頼んだときの心積もりでは
重い荷物にもなる買い物をオマエが中心になって引っ張ってもらい
麗はサポートしてもらえたら、と考えていたことを
もしも知ることがあったらどうなのだろう。
そして、満足げに帰ってきた麗に
なぜか自分で想像していたよりも
なんとなくうれしい気持ちになってしまったと
蛍の内緒話を知ったならば、どうなのか。
はじめてのおつかい、
ごくろうさま。
まあ、はじめてではないのだが。
責任重大な仕事も安心して任せられるようになって来たかな。
一緒に頼んでいた七草の買い物もばっちり。
大磯のホテルでも食べた七草粥だが
今日は、節目の日として
一年の健康を祈る目的と
蛍のチャレンジ精神によって
迎えられたメニュー。
ホテルの本職の人に対抗した蛍の挑戦は
味はおかわりが続いてすぐに売り切れの評判。
隠し味のみかんを止めて置いてよかった。
そして健やかな一年に向かっていく
どれほどの成果をあげただろうか。
明日からの私たちの日々が、それを知っている。
今年も家族が幸せに過ごせるようにと、
この日は照れずに言葉にして願ってもかまわないだろう。