氷柱

『招待状』
どうも世間だと
今日は──
クリスマスイブ!
ということになっているようね。
もちろん我が家でも
夕食のデザートはブッシュドノエルを用意した。
そして良い子達は
きのうよりも少しだけ早く眠りについて
朝の目覚めを待っている。
あんなに一日中はしゃいで、明日のプレゼントに
手作りのリースやら
クリスマスカードやら
ぎりぎりでどうにか編み終わった不恰好なマフラーなんかを
いよいよラッピングして備えていたときの
どうやっても止めようがないと思った騒がしさが嘘のよう。
積み重ねた踊りの練習は、ほかほかよく動いた体に収めておいて
どれも明日にはリボンを解かれるときを待っている。
眠りに落ちた家は
きんきん冬の寒さに浸されているのに
不思議とどこかまだ暖かさが残っているよう。
どこかの隅に、天使が降りた道筋に残る明かりも見つかりそうな気がする。
静かで音もない冷たい夜に包まれて
私の小さな妹たちは
いつも一生懸命にまたたく瞳を閉じて
今は夢を見ている。
この日、年に一度だけ輝く星が
世界中の誰もが愛されていると告げる救世主の誕生を祝い、
この夜、全ての場所に愛が満ちていると知らせているわ。
言い伝えにあるそんな星は見えないけど。
たぶんどこかで輝いている。
もうすぐ、一年を良い子で過ごした子供たちの枕元に贈り物が届くしるし。
きっと、愛を信じる子供たちの誰もが
この瞬間に、それぞれの夢の中で
クリスマスイブの夜にひときわ光を放つ、その星を見つけている。
私たちだってみんな、小さい頃は
世界でいちばんまぶしい光みたいに、その輝きを見つめていたはずなの。
だって今でもまだ、
この日、奇跡が起きて
願いはかなうと信じているらしいもの。
今夜は
全ての人に愛が降り注ぐ夜なのだから、
と。
なんだけど。
もちろん私は大人だから、もう知っている。
イルミネーションがどんなにまばゆく飾られていても。
いくら信じて、願いをこめても。
サンタさんへの手紙にどんなに熱心に気持ちを綴りながら求めても。
クリスマスに起こる奇跡は
そんなにきれいに輝いて見えるほどには
たいして力もなく、
何もかもかなえると保障などしていない、
ということ。
どんな言い訳をしようと
神は、必ずしも願うものに応えたりしないということ。
まあね。
家族と楽しいパーティーを過ごして
クリスマスっていいものだな、
だけでもいいけど。
美しいクリスマスの街と、
聞きなれた優しい歌と
どこでも奏でられる、胸を打つ聖なる調べと
この日を喜んで祝う人たちの笑顔に
いっときだけでも敬虔な気持ちで
どこにだって満ちている清らかな愛の存在を信じたって
それもいいと思うけど。
でも、どうしても
本当なら一番かなえてほしい願いから
目を背けるようにして
まあこのくらいかな、のプレゼントを手紙に書いて
おそるおそるサンタさんに差し出している自分に気づくと。
それはもちろん、クリスマスの奇跡が本当なら
私だって、今日はあんなことしなかったし。
それにだいいち、私が何をしたって変わらずに
一切疑わずに信じて待つ立夏のところに
招待状は届いて
迎えのトナカイがとっくにやってきているはずだったのに。
それはまあ、サンタさんの大変なお仕事を手伝うふりをして
その正体に迫る、
あわよくばプレゼントももっともらえるかもしれない、
と、隙を見て強奪しかねない計画を立てる子は
そんなに良い子ではないかもしれないけど。
もちろん手紙にそんな下心までは書いてなくて
こっそり私にだけ耳打ちした秘密なのだけど
お手伝いしたいというのが純粋な気持ちかどうかくらい、サンタさんにはわかると思うわ。
でも立夏
今年一年がんばっていたし
いつもじゃなくたって
いい子にしていたと、私は知っているし。
それにもちろん
立夏だけじゃなくて
家族はみんな、ただいてくれるだけで
私はそれだけで……
みんないい子だったと思うから。
いい一年だったわ。
去年、クリスマスの朝に喜んでいたみんなが
それから一年。
ごほうびのためじゃなくて、
うれしいこと、真剣な日々を重ねて
迷ったり悩んだりして
自分なりに答えを出したり、違う難題に突き当たってぐるぐるしたり
そうして、私たちといてくれたことを知っている。
ただ、下僕の場合だけは
家族だから、一緒にいるだけで奇跡だとか
そういう括りでいいのか
もうちょっと主人のそばにいて仕事をがんばるほうが感心な気がするし
どうも、なぜか一人だけどう扱ったものかよくわからないけれど。
この人だけには
もう少し、要求してしまう気に
なっているのかな。
我が家で一人だけの
男だから?
遅れてやってきた
なんだか不思議で、他よりも特別な
お兄ちゃん、
だから?
それとも
別の理由かな。
もしかしたら、私の個人的な。
まあいいけど。
別に、クリスマスの奇跡に頼ってかなえたい願いなんてないわ。
下僕のことならなおさら。
だけど、もし本当にありえない願いがかなうことが
広い世界のどこかの片隅にでも
起こるかもしれないのが、クリスマスなのだとしたら。
今日、立夏が眠る前の部屋に
ついほっとけない気がして、こっそり投げ込んで
眠る前に妙な興奮状態にさせて、騒ぎにしてしまったあの手紙で
きっと迎えに行くから
一緒にプレゼントを配ろうと
サンタさんの夜の旅に招待すると約束した
あの手紙の願いがかなって
立夏が明日の朝、がっかりした顔で起きてこないかどうか
私が心配しないでも何も問題ない
そんなクリスマスなんて
ないわよね、やっぱり。
とにかく。
寒い日のお出かけに良さそうなブーツが
今から立夏の枕元に届くと思うから
あなたはお手伝い……じゃなくて、
ええと、とにかく
夜中にふと気になって
布団をちゃんとかけて寝ているか
家族の様子を見て回るくらい
普通のことだから。
ついてきたらいいわ。
大丈夫かな?
ちゃんと眠っているといいけど。