小雨

『はしらのきずは』
ごがつ
いつかの……
ではなくて。
おととしの?
それとも
きのうの。
高さがちょっとずれている
不器用なせいくらべの記録は
もちろんいつも不器用な小雨が
正面から
ぶつかったあと……
なんです。
柱があるのが
わかっているのに
どうして?
もう
子供のときから過ごしている家なのに
ふしぎです……
そんなのんきな考え事をしている場合じゃなくて
もうぶつからないようにしよう、
何度も誓うのに。
しっかりしようって。
ヒカルお姉ちゃんは
このごろ寒くて
外で動けないから
体がなまったかな?
ってはげましてくれるけど
もしそうだとしたら
小雨はねんじゅう
なまりっぱなしの
ぶつかりっぱなしなんです。
調子が悪いのかと
気を使ってくれる春風お姉ちゃん。
でも、どちらかというと
調子は……
はりきっていけたらと
思っていたほうだったんですけど。
師走の
年の暮れ。
あわただしいような
気がせくような
何か、やりのこしたことが
残っているような。
お兄ちゃんは、もうお年賀状に何を書くか
決めましたか?
お正月に届くように書くのは
小雨はたぶん、のんびりしていたら間に合わないから
早目がいいかな、
年末年始の準備は
もう12月になったら
早く済ませて困ることはないと思うし
お兄ちゃんも一緒に書いて
早く書き上げたって
ほっとできるような
そんなふうに何か
小雨もお手伝いができれば、
ああ、でも考えたら
さすがに今からおせち料理の準備は
気が早い気もするし
あんまりお兄ちゃんまで焦らせてしまうことになったらいけないでしょうか?
と、考えていたら
蛍お姉ちゃんの並べたお料理の本は
クリスマスもいっぱい
今からお正月準備の特集もいっぱい!
クリスマスの本より
少し大人っぽい
とても頼りになりそうな
年季をつんだ! という感じの料理人さんを紹介するお写真の横に
てのこんだきれいな盛り付けの
おいしそうな上品なお料理が
家庭で
手軽に、
と書いてあっても
こんなにきれいな
お正月の華やいだ食卓の準備なんて
小雨は一生かけたって
できそうにないの。
なんと今から
一ヶ月たらずで
クリスマスのご馳走と
おせちを
春風お姉ちゃんと蛍お姉ちゃんが
ぱぱっと
まほうのうでで
仕上げてしまう。
なれれば
かんたん、
みんなでしようね、
準備は
ぜったい楽しいよね!
誘ってくれたんです。
小雨のお手伝いは
なにができるのだろう?
お皿だけでも
なんだか豪華で
持つだけで緊張して手が震えてしまうほどの
お正月が来るのももうすぐ。
小雨一人では
本当にできるのかと思うほどなのに
というか
どう考えてもできないのに
おせちを
手軽にできる人って
すごい……
済ませておくことが多い気がする
年の暮れ。
することがもっと何かあったようで
小雨も焦ってしまって
なんとなく忙しそうなお姉ちゃんたちの姿を見て
小雨にもできることを
うろうろ探していたら
ついうっかり。
見えていなかったわけではなかったんだけど
そのときはたぶん、別のことで頭がいっぱいで
すぐ顔の前に来るまで
あぶないってわからなくて。
また、傷つけてしまった
りっぱなはしら。
なぜか力の弱い小雨が
この家に一番ダメージを与えている気がします……
おでこのばんそうこう
みんなに心配されてしまったけれど
何もたいしたことがあったわけではないので
申し訳ないやら
はずかしいやら
消えてしまいたいやら
せめてお兄ちゃんには
この年の暮れも
あせらずに!
あわてないで、って言いたくて
恥ずかしくても
こんなあきれるような話でも
伝えないと!
と思ったんですけど。
お兄ちゃんが小雨みたいなまのぬけたドジをするわけが
ないですよね。
いつも小雨を助けてくれる
しっかりしたお兄ちゃんなんです。
でもちょっと
なんとなくばたばたしがちな時期で
あわててしまったら
危ないかも、と
小雨が余計な気を使う必要なんてなくても
でもやっぱり
うっかりどこかにぶつかって痛い思いをするなんて
お兄ちゃんがそんなことになってしまうなんて考えるだけで
いてもたってもいられなくなりそうで
話を聞いてくれるだけで
小雨はとてもありがたいんです。
お兄ちゃんが無事でいてくれて
怪我もなく、思い残すことも
全然ないというのは難しそうなのでそんなにないくらいでもいいかも、
でもお兄ちゃんはもっとしたいことがあるのかも、
せめて何事もなく過ごせるようにと
何の力もなく、役にも立たなくたって
どうしてもそうしないではいられなくて
小雨のつまらない失敗談を聞かせてしまったりしながら
祈りながら。
忙しい時期をがんばって
どうにか今年を乗り切って
家族みんなでそろって
いろいろ大変なことがあったなって
悔やんだりとか、忘れたりとか苦い顔じゃなくって
大笑いしながらでなくても
ちょっとでも
ほほえんで話をすることができたら
そのために
こんな傷をつけたりする小雨を見て
お兄ちゃんたちが、そうならないように
しっかりしないと、
と思ってくれることがあったらと
そんなふうに気をつけてもらうのはあまり
なんだか、役に立っているとは違う気がして
もっとしっかりした小雨だったら
ちゃんと本当に
お兄ちゃんを支えることができたのに
柱の傷をなでてみたりしながら
でもやっぱり
他の誰もこんな怪我をしないほうがいいな、と
そればっかりを願うんです。
みんなが無事に、元気でいられる
年末を送れたら
その中で
できないかもしれないけど
しっかりしよう、
またできもしないことを考えているけれど
みんなのあふれる力にちょっとだけ
小雨も元気をもらって
かすり傷くらいで
落ち込まないようにしたいな、
と考えています。
そんなふうにして
悲しい気持ちは振り切るつもりで
じっと、小さな傷に向き合ったら
あれっ?
すぐ横に並んでいる
この新しい傷って
小雨がつけたものだっけ。
忘れていたのかな。
それとももしかして
他にも怪我をしてしまった子がいる?
たいへん!
小雨が怪我をして
ばんそうこうをとりかえるついでに
こういうの、慣れているんだもの。
手当てできます!
はずかしいとか
迷惑だとか
そんなこと
小雨の前では
ぜんぜん気にしないで
ぶつかっちゃった人がいたら
どうか、どうか
手当てさせてください。
あわただしい年末なら
ついうっかり
ぶつかってしまったって
恥ずかしいことじゃないもの。
ただ、痛い思いをしていないかどうかが心配です。
小雨はいつものことで、平気なの。
ちょっとだけでも手当てなら慣れています。
だから怪我をしたら
すぐに言ってください。
いつも守ってもらっている
おうちのみんなに──
頼りないかもしれないけど
力になりたいんです。