観月

『ちいさなはぐるま』
おもちゃばこを
がさがさあさると
底に見つかった
どこからか外れて落ちたらしい
はぐるま。
おにんぎょうの部品ではなさそうだから
くるま?
麗姉じゃがおさがりでくれるでんしゃは
手入れがいいから、そう簡単に壊れるかどうか。
おさがりというか
気に入った子が持ってきてしまうというべきか。
夕凪姉じゃがどこからか持ち帰った戦利品も
小さな子のための箱に今も残っていると聞いた。
こんがらがって混じって
まだ、無事であろうか?
さくらや虹子のお気に入りなど
なくなってしまったら
我慢できるようではないから。
もうしばらくそばにいてやってほしい。
だいぶ時間が経ってしまったら
転がる壊れたかけら。
はぐるまがひとつきり、
それだけ。
してみると
そう長い時間が過ぎたわけではない
きのうのよるから
目覚めまでの長い旅。
そう、きっと一晩限りのこと。
子の刻、丑の刻、
丑三つ時を経て
しらじらと日が当たるまで。
夕方に紛れ込んだ小さな虫が
ひと時安らいで眠って、
冷たい空気が吹き込む夜明けの窓から出て行くまでの短い時間に
そんなに長い旅ができるわけはないと知っている。
ましてや、ふだん兄じゃにまとわりつくしかできないちいちゃいわらわが
寒い夜に部屋を出て一人歩きできるわけはないのだから
おそらくただの短い夢。
しわだらけのやわらかい手に引かれて歩いた
小石の積まれた一本道も
風に混じる牛の匂いと狼の遠吠えも
吹けば消える明かりをともした道標も
炎の河も針の塔も
ぱっとまぶたを開けたら
朝もやの一露。
きっと守ってくれると約束した声も
通れる気がしないと立ち止まった崖のふもとで
いつか帰る日を待って
十年
百年
千年
変わらず
必ず帰る、
もうすぐ戻れると
くり返し眺めた赤い陽も。
幼いまま育たなかった体は
もう兄じゃのそばで育つと決めているから、と
信じていた理由も。
すっかり、耳が痛くなる冷えた風に乗って吹き過ぎ
確かだったものは
ただ、
いつものように過ごす場所。
気がついてみれば
カレンダーを一枚めくって
予定を書き込んでいる海晴姉がいて
たったひとつ、時間が過ぎたと教えるのは
おもちゃばこに落ちたかけら。
明日の朝が来たら、
過ぎ去った思い出を刻んだカレンダーは一枚やぶかれ
最後の一ヶ月の
もうずいぶん予定が詰まった
最後の一枚が出番を迎える。
どれくらいの時間が経って過ぎていくのか
その日々をこれから踏みしめていくわらわにも
誰にもわからないまま。
まあ、一晩に千年の旅をして
家に帰ることは
もう今年は、そんなにないかもしれぬな。
いずれ戻れると
ずっとわらわを守ってくれたのは
あのあたりは、兄じゃもなかなか来ることができないようなので
やはりあれは……
まあ、
わらわもまだ力のない
誰からも守られる子供。
これから何年が経っても
ずっとずっと
いずれは誰かを守れるように
修行はいつだって、欠かせないのじゃ。
冬休みには、大磯に向かう計画も出ているから
ご先祖様にお参りするとよいかもしれぬ。
時間が過ぎて
ぽろり転がった歯車も
長い時間をかけて夢を見て
いつかは大きなおもちゃに育って
わらわを守ってくれるであろう。
そんなことを思う
旅をした。
最後に乗せて運んでくれたあの道のりも
はるばる遠い距離。
長い夜を過ごすこともあるものじゃ。
だが、わらわは兄じゃといなければ
大切なときをひと時もいられない、
そうでなければ
時間などどうでもいいのだから
やっぱりあれは
たった一晩の
たいして特別なことも何もなかった
ほんの短い旅なのだろう。
わらわが大きくなるのと
夢見るおもちゃが一人前になるのと
どちらが先かのう。
ちいさな赤ちゃんはぐるまも
いっぱい遊んであげれば
わらわと一緒に
すぐに大きくなるであろう。
兄じゃ、
これからもまた
ずっとそばで
共にすごしていけるよう
わらわをちゃーんと
見守っているのじゃ。
いつまでも
離れることがないように、
さみしい思いなんて
これからも
しなくてもいいようにな。