『コート』
暖かい日になると
思うのは
このまま冬になっても
晴れたときなら
やっぱり日差しの下にいれば
そんなに寒くもないんじゃないか、
ということ。
むしろ、走ったときや
いつもより店を回って歩いたときや
追い詰められたような気がすると
じわじわと肌の奥から
汗ばむほど。
なぜかちょっと
寒気もあるのは
ママの言いつけが原因だと思うし。
だから、いくら必要だと言われたって
私にそのつもりがないんだから
一目見ただけで恋に落ちるような
かわいい冬支度を探して
ウィンドーショッピングをしてきなさいと
特別予算を渡されても
やっぱりどうも
落ち着かないでそわそわするだけだったし
私の場合は
ちゃんと釘を刺しておかないと
冬でも気にせず短パンで歩き回りそうだと
本気で心配されているみたいだし。
いいのに。
短パンでも。
寒さが平気なら、それで。
元気のあかし。
かもしれないだろう。
鈍感なんだと
それはそれでありそうな話だけど
でも、寒くなると急な運動で体を壊すこともあるから
準備運動もしっかりしているし
なるべく体を冷やさないようにしている。
私なりに対策は
充分だと思うんだけど
なぜだろうか。
納得してもらえないのは。
平気なのにな。
私が風邪を引くなんて
そうそうあることじゃないし。
全くありえないとも言い切れないのは確かだけど。
もう、難しく悩んで遅くまで外を歩いているなんてこと
あまりないと思うから
平気だよ。
ここが私の帰ってくる家で
待っている人がいて
私はたぶん、これから何があっても
この家にいるみんなと生きていくって
決めたんだから。
たまには、春風がそうしようとしているみたいに
普通の家族としての関係だけじゃない
もう一歩先に
進んでいくのだとしても
私が一緒に未来を見つめる相手は
きっと他のどこにもいない、
そう思うから
もう迷ったりはしない。
ただ春風が私をときどき狙っているらしいのは
応えることができるのか
それはわからないんだけど。
答えが出ない悩みのまわりをぐるぐるして
どんな結論にも近づけずに困っているなんて
あの時、風邪になったいつかみたいなことは
もうないんじゃないかと思う。
それにバレンタインは、冬の寒さが今より厳しい時期だったもんな。
今すぐコートがなくたって
まだ平気だと思うんだ。
私の体は丈夫だから。
本当に寒い時期になったら
もう遅くまで出歩いたりなんてしないんじゃないか、
と思うから。
冬を迎える装いが
女の子の姿を美しく変えると言われたからって
きらめくおしゃれなお店を歩いて
乙女らしく一目ぼれして
かわいく着飾ったら
好きな人に見てもらう自分を想像するような
ヒカルちゃんになったって
いいじゃない、
ロマンスの季節、
冬だもの!
とママは言うけど
私にはよくわからない。
かわいいコートに一目ぼれも
なかなかしないし、
ママがそうしてほしくても
たぶん、
今回の臨時予算は
寒そうな格好を放っておけないから
私にだけ特別らしいけど、
条件として
かわいい冬物に使うこと、
それから、若い体が元気に大きくなるのはうれしいことだけれど
だからといって、成長するのはいつだって体だけじゃなくてもっとあっていい、
高校生の体格に合わせてみる実用性一辺倒の選び方は
今回はいったん頭から外すこと、
とりあえず胃袋の中に消えるのは許しません、と
きつく言い渡されているから
今度ばかりは、みんなに暖かいおやつを買って帰るわけにもいかない。
歩いて探してみても
暖かくて動きやすそうなのがたまたまあったら、でいいんだけど
恋に落ちるおしゃれを当てもなく探して
無駄に町をうろついてしまった。
これでいいのだろうか。
ママが求めていることって。
明日ももう一日
晴れた町を歩いてみて
女の子らしい冬を迎える第一歩が見つからなかったら
私はどうなってしまうんだろう?
……
こうなったら
春風に助けを求めるしかないのか?
それとも、きれいに変わるとき見てもらう相手がいるなら
全てはその人のためなんだと
なぜかはっきりしないママのアドバイスは
誰か別の人を教えようとしているんだろうか。
明日……
帰りが遅くなって寒い町を歩くとき、
相談する相手がいてくれたら
帰ってくることができるのかな。