『たたかう家族』
あっ、
お兄ちゃん。
これは違うんです!
まるで、蛍がつまみ食いをしようとする寸前につかまって
ばつが悪い思いをしているかのように見える
手の中に
袋をむいたばかりのチョコレートがあるこのシチュエーションは
つまり……
えっと
その。
正直に白状したら
つまみ食いなんですけど。
戸棚の奥にしまってあった
普段からのたくらみは
みんなで集まって
なごやかにわいわいやっている真っ最中、
もしもおやつが
わずかに足りない、
そんな瞬間に
さっと取り出して
大丈夫!
かんじんなときにおやつが足りなくて
泣きそうな思いをする子がいる、なんて悲しいこと
この蛍が台所を預かっているわがやでは
きっとこれから先
何があっても起こったりしないんだと
みんなに信じてほしくて。
もしそんなことがあったら
椿事!
ですね。
悲しいおやつの真空地帯。
それはおそらく
蛍が熱を出して寝込んでしまうときや
お兄ちゃんにかまってもらえなくて蛍が落ち込んでいるときか
どちらかです。
え?
ぶどうジュース?
それは、
えーとその、
何の話でしたっけ。
ともかく、今日のところは
いつになく空腹を訴えるおなかと
たたかったり
なだめたり
降伏したり
悩める乙女が迎えた夜更けなのです。
念のための
戸棚の非常食。
明日には補給しておくから
それまでは必要にならないように
調子のいいことを願いつつ
でもまあ、必要なときはホットケーキかな、
などとかしこく計画も練りつつ。
霙お姉ちゃんの優しい指導でちょっと卓球の練習をしただけの蛍が
てきめんに胃袋に影響を受けているのだから
一生懸命なほかのみんなもやっぱり
今頃はおなかを鳴らしてベッドで寝返りしているのかなあ。
明日からは軽い夜食の準備も
考えておいたほうがいいのかな?
もしも、なんとなく眠れないときのために
夜の隠れ家的な
ぶらりと立ち寄れる居心地のいい止まり木を
キッチンの片隅にでも。
その時には、お兄ちゃんの特等席を用意するので
ぜひぜひどうぞ。
まいにち練習おつかれさまです!
ヒカルちゃんの年末とクリスマスを守るために
ナイトの特訓を地道に重ねているところを
こんなに間近で覗いてしまって
蛍はめったに見られないいいものを拝めたようで得した気分なのだけど
でも、蛍の大事なお兄ちゃんの立場からしたらどうなのかと思うと
恥ずかしい思いをさせてしまっているのかなあ……
それともまわりを気にしている余裕がないくらい
一生懸命になっているのかな。
愛する人
自分の腕に抱いて守り抜くために。
本当は、そのたくましい腕の中で
全てを信じて寄り添っているのは
いつも蛍だったらいいのだけど
でも今回だけは、なぜかそういう話になったのだと思うことにして。
お兄ちゃんがヒカルちゃんを取り戻したあと
お帰りなさい、ってクリスマスの準備も万端に
迎えるのがあこがれの良妻賢母。
というか、感心な頼れる妹。
蛍がお兄ちゃんの支えになるなんて
そんなお仕事をもらっていいのかな。
でも、お兄ちゃんが大変そうにしているときなら
ちょっとでしゃばりに助けに行ってもかまわないような
そうしたい気がするな。
というか、おうちで待っているだけじゃなくて
卓球担当ですけど。
結果のほうはあんまり期待しないで待っていてください……
そうそう、これは先に聞いておきたいんですけど
いいお知らせと悪いお知らせだったら
お兄ちゃんは先にどっちを聞きたいと思うタイプなんですか?
いえ、勝負の結果が出てからではなくて
今現在、微妙に事情が変わりつつあって。
事情通の蛍がお届けする
まず最初のいいお知らせは
春風ちゃんのお友達のみんなは
あまりに真剣に王子様を助けようとしてお願いしていた
恋する春風ちゃんを見て
なんだかもう、春風ちゃんがかわいかったからいいか、
みたいに満腹でおなかいっぱいでごちそうさまというか
毒気を抜かれたと言ってもいいのか
とにかく、もうそんなに真剣に勝負をして
ヒカルちゃんを奪ってみせるということもないみたい。
一応こういう話になったから勝負はしておこうか、
でも勝っちゃったら春風ちゃんの家族にあれだから、
ちょっぴりいじわるなふりをしてもうちょっとかわいい姿を見れたらそれでいいか、
という相談をしていたと
霙お姉ちゃんから届いた情報なの。
どうして霙お姉ちゃんがそんなに詳しいのかは、またそのうち話をしてくれるっていうから
今は気になりつつもいったんこっちにおいておくとして、
はい、こっち。
蛍とおにいちゃんのもやもやを一緒にこのへんにおいといて。
意外ともうヒカルちゃんがさらわれる心配はなくなっているんだけど
もう一つの悪いお知らせは
高校の先輩たちが、公平に選手を選ぶために
一応、中学の校舎で活動しているかわいい後輩たちに声をかけたら
中学のほうではうわさがうわさをよんで
蛍の周りでもいろんな噂が錯綜して
応援に行く人数も本格的になり
だんだんおおごとになりつつある
おそろしい事態に……
でもまあ
考えても仕方ないので
なんとかなると思います。
もし、見物の人がいっぱいで緊張してしまいそうになったら
蛍に一番効く薬は
お兄ちゃんの笑顔なので。
もらいに行ってしまうかもしれません。
なるべくお邪魔にならないようにしようとは思うけど
もしも蛍があわててしまったその時は
どうか、お兄ちゃん以外は誰にもできない
蛍のパワーフル充電を
お願いします。