『やまない雨はない』
なんだか今日は帰ってきたら
妙なことに
あわあわ走り回っている人のうしろを
はたきやらたわしやら買い物かごやら抱えた子供たちが
いっしょうけんめいについていくのをよく見るから
なんだろうと思っていたら
ひどく気温の下がった雨の日に
お風呂を磨いて準備しておこうとしたり
順番に回ってくる当番で
家の掃除の仕事があったり
晩ごはんの大役をまかされて
あったまる鍋を用意するつもりで
冷たい雨の中に
手の中のメモ用紙いっぱいの文字を
はじめてのおつかいみたいに張り切って頭に詰め込みながら
晴れの日ならそんなに遠く感じないはずの商店街に
覚悟を決めて飛び出していこうとしていたのね。
早くお仕事を終わらせてもらって遊ぶつもりの小さい子たちが
まだなの?
次は何をするの?
このままだと
明日になっても終わらないよ!
なんて焦りながら
たいして役に立たない
普段遊んでばっかりの経験の少ない子まで
こんなときこそ協力しなきゃ、なんて
一人前の事を言い出して
結局、後から追いかけるしかできなかった挙句
道具をそこらじゅうに散らかして
余計な仕事まで増やしたのに
手伝ってもらえて助かったと気休めの一言をもらったら
それだけで満足そうに子供っぽい表情で
次は何を手伝う? なんて調子に乗り出して
人を困らせていた場面を
ずっと見ていたから。
しかもそんなふうに
足手まといを自分から腕を広げて思いっきり胸の中に抱え込んでいる人が
本当に、手伝ってもらえてよかった、
この世のどんなヒーローやヒロインの活躍より
頼りになる力だった、
うれしかったって言おうとしているみたいな
脳天気な顔をしていたから
これは冗談でも誇張でもなく
明日になっても用事が終わらないで
もしかしたら晩ごはんも時間通りに出てこないかもしれない、
と思ったの。
一応私も
そんなに頼りにされているほうじゃないけど
小雨ちゃんが手伝いに行く場面に
頭数合わせで連れ出されて
猫の手も借りたい状況がもともと多いからなのか
やけに蛍姉様が猫耳と尻尾の付いたメイド服を着せようとして
今これしか手元にないの!
なんて主張しても
そんなはずはないと私も知っているんだけど
おてつだい麗ちゃんに世界で一番似合う服で思いつくのは
これしかない!
と開き直るから
わけがわからないうちに
押しに負けて……
まあ、着ている服は何でもいいの。
機能的でさえあれば。
今日は別に、
秋物を重ねてあったかくした上にまで猫耳を付けてごてごてしなさいなんて
蛍姉様も言い出さなかったし。
ごてごては普段から言わないけど。
私が思っているだけで。
だから、外は寒いからって
蛍姉様の少し大きめのやわらかそうなコートを借りて
買い出しだってときどき、小雨ちゃんのお手伝いだけではわりと大変そうな量の荷物を
ほっとけなくて一緒についていって
八百屋さんにも、美人の子が来たとか
お手伝い感心だねっておまけしてもらったら
ありがとうございますって
別になりたくて美人になったわけじゃないから、そんなにいい気持ちばっかりではないし
いつも笑顔で答えられないかもしれないけど
ちゃんとそれなりの
最低限の愛想は維持して
しっかり買い物を済ませることなら
散らかすのが得意な妹たちや
妹じゃないけど立夏ちゃんと比べたら
まだ私なら
人並みのお手伝いができるの。
普通に。
当たり前にね。
与えられた仕事を
きっちり不足なく仕上げて
いつもの毎日、
予定通りの安心につなげていくことくらい
私にだってできます。
今日は小雨ちゃんも
小さい子がまとわりついて、慌ててしまったみたいだし
私がやらないと
これは大変なことになるな、と
思っただけなの。
それはまあ確かに
一人で先にカップラーメンを作っておしまい、
あとは知らない顔で放っておいて自分の一日を済ませるのだって
できたのかもしれないけど。
姉様たちに余計な口を出されそうで
もしかしたら、実はできなかったのかもしれないけど。
でも、自分からエプロンを引っ張り出して
仕方ないなって混沌の輪に加わろうとするなんて
少なくとも私は
あまり気が進まないと
眠る間際までばたばたした一日に変わってしまった今でも
考えは変わらないまま。
たぶん私は
ただでさえ気が滅入る冷たい雨の日を
これ以上、うっとおしい光景にして欲しくなかっただけで
どたばた考えなしに走り回る誰かを
助けようとしたわけじゃない。
こんなふうに、あわただしい時間だったら
いつもなら姉様たちに比べたらぜんぜん経験不足で
ろくに使えるわけじゃない自分の家事の腕前でも
足手まといを意識しないで、
役に立てるかもしれないなんて
そんなことは考えていない。
いつだったか、吹雪ちゃんが言っていたことで
どこか遠い星では
環境の条件によって
星ができてから何億年、何十億年、消えてしまう瞬間までずっと
ずっと雨が降り続いて、いつまでもやまない場合だって
仮定としては考えられるそうで
いつか自分たちか、代を重ねた子供たちが地球を遠くはなれて
そんな星に住むときを考えたら
やまない雨はないと励ますのは
前提が間違っているそうだけど。
でも、そんな星だって
消えてしまうときには雨はやむのだから
長い目で見たら決して間違っているわけじゃない、
と一人で納得していた。
そんな霙姉様みたいなことを言うのもどうかと思うけど。
今日の騒動の原因だったと後から聞いたわ。
いくら気長に待つとしても、何億年も待ち続けるのはちょっとね。
もしかしたら少しは
私も、この家で普通に
あなたみたいに無意味にじたばたしないで
もう少しスマートに誰かを助けてあげられるようには
なるかもしれないけど
いったいいつのことなのかわからない。
明日のことだってはっきりしないのに。
また今日みたいにお兄ちゃんと協力していれば、と妙な条件付きで
少しだけお手伝いを褒められたって
別に……
明日も手伝う約束までしてしまうのをためらうくらいには
一日くらいで何かが変わったりしないから。
それはともかく
ここは遠い星じゃないから
もうすぐ雨もあがる予報。
秋もそろそろ本格的だけど
明日は、もう少し家のみんなも
落ち着いて過ごせるように
暖かくなってくれるといいわね。