ヒカル

『特になし』
日記を前にして
一日を思い返すと。
特に何事もなく
いつも通りのトレーニングをこなして
落ち葉の掃除に風呂掃除、
洗濯物を干して
乾くまで何か適当に体を動かして
その後は、
たたむのはあまり期待されてないから
取り込むまで。
ご飯の支度やおやつ作りも
やっぱり期待されていないから
味を見て感想を言うまでがお手伝い。
我が家では、だいぶ多い人数がいる役割だけど
春風も蛍も感想をもらうのは好きみたいで
何人いても特に問題なし。
その合間で
チビたちの様子を見て
一緒に体を動かしてやる。
向こうから勝手にぶつかってきて、勝手に転んで
勝手に泣き出してしまうから
ひとときもじっとしていられないんだな、
と思う。
抱き起こしてやるか
すぐ隣に並んで転がってしまうかは
その時になってみないとわからない。
いつのまにか一緒に全力になって
遊んでいるうちに
小さい子たちが付いてこれなくて
ほったらかして一人で好きなことだけしているみたいになってきて
後で氷柱に怒られる。
うん。
今日もいつもの日曜日だった。
あの時、さくらが転んで泣いていたときに
一番慌てていたのはオマエだったから
言わなくてもわかってると思う。
何か伝えたい特別なこともなく、
だからわざわざ日記に書くこともないから
今日はこれでおしまい。
ふう。
完了!
いつも日記の番が回ってくるたびに
毎日ずっと顔を合わせて話をしていたんだし
この日記で書いておきたいことなんてないんだけど
そういうわけにもいかないから
いつも少し悩んで
ありきたりで、何度も繰り返した話と
一緒に過ごした分かりきっている出来事を
日記の上でもう一回。
春風はよく
一緒にいても全部伝えられない自分の思いを形にできるから
日記は好きだって言う。
そんなにあふれる気持ちなんて私にはなくて
普通に毎日を過ごして
目の前の
今日もいろいろあったな、
また明日も大変そうだなって考えながらベッドに入ったら
すぐに眠りに落ちて
夢もあんまり見ない。
というか、見ても覚えていない。
朝起きた瞬間は覚えているんだけど、すぐに忘れる。
夢の中にオマエが出てきても
春風みたいに日記で伝えるなんて
私にはできないし。
たぶん、出てきたとしても
起きているときとそんなに変わらないことを
あのいつもの顔でやっているだけだと思うけど
思い出せない夢を考えると
私はみんなより
日記に書けることがひとつ少ないんだな。
それに、他の子みたいに
ファッションの話も全然するつもりがない。
興味を持っていることが少ないのだろうか?
話題にできそうなのは
部活の助っ人に行った話で
明日の放課後にと、今日も誘ってくれる電話は何度かあったけど
その話もあんまりできる木がしないのは
気持ちよく体を動かした後は、すっきり全部忘れているから?
テニスコートやグラウンドにいる時間が終わったら
もうそれっきりなんて
これはもしかして……
運動場の魔法がかかるシンデレラ。
は、誰に言われたんだったか。
それよりも、どちらかというと
すぐ前にある目標だけを追いかける
輪の中を走り続けるハムスター。
しかも、結構楽しんで走っている。
普段は何も疑問に感じないけど
自分の気持ちを見つめて言葉にしようと
何か伝えることを探しているこんな時に
振り返ってみたら
もしかして私は、これからも特に変わらず
ずっとこんな調子なのだろうか。
だとしたら大変だ。
日記と向かい合って
毎回同じことで悩んで
毎回よく似たことを書いて
今日も苦労して何とか日記になったから
アイツに今すぐ見てもらおうって
毎回同じ顔で、同じ内容の日記を届けに行くんだ。
やれるだけのことをやった満足感もあって
でも喜んでもらえるか確信はないから
かなり不安も混じっていて……
そしてまた次の日記の番が来たら
自分の変わり映えのない日常に気がついて
またなんだかちょっと面白いことを見つけたように
他人事みたいな顔で
こんなくだらない思い付きを冗談めかして書いたら
あいつも私と同じように
ちょっと笑ってくれるだろうかと
今度もまた。
ああ、そんなことになったら困るな。
同じくり返しをしていたら、やがてオマエも気がついて
あれ? って思うようになるかもしれない。
うーん、でも
単純なやつだから、細かいことは言わなければ気がつかないかも。
そしてやっぱり
私と同じように、すぐにまた忘れて
同じ日記で笑っていたりするのか?
特に変わった出来事の見つからない毎日に
また同じ話を繰り返しても
そういうものだと思えばいいのかな。
私もオマエも、わりとすぐに忘れるし
忘れたときには
同じ話を前とまるっきり同じように苦労して書いて、自慢げにほくほくした顔で
今度は
喜んでもらえるかなって
続けていく。
私たちが家族でいることは
終わりがないんだし
顔を合わせて話をする時間も
日記に気持ちを伝える時間も
とりあえず私の場合は
何の変化もなく続いていく。
明日も忙しい日になるよ。
話すこともいっぱいあると思う。
頭を空っぽにして走り抜けた瞬間を
後になったら何も覚えていないで
また繰り返して、喜んでいるけど
私はそんなことしかできないから。
春風たちがやがて新しく吹いてくる風を呼び込んだら
その中を走っていくだけ。
オマエがいつも巻き起こす風を感じて
ちょっと目を細めて
激しい風に、あんまり遠くへ離れてしまわないように
少し不安になりながら追いかけて
それで、跡は何事もなかったように忘れて
何も変わっていない顔をして
また、書く内容に悩みながら
ほくほくした顔で変わらない話をして
オマエに日記を届けるよ。